細胞周期や免疫応答の制御に関与している「Tob遺伝子」
沖縄科学技術大学院大学(OIST)は9月9日、がんなどに関与する遺伝子として知られる「Tob遺伝子」が、抑うつ、恐怖、不安の軽減にも重要な役割を果たしていることを発見したと発表した。この研究は、同大細胞シグナルユニットの山本雅教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Translational Psychiatry」に掲載されている。
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1996年、山本雅教授が当時所属していた研究室でTob遺伝子が初めて発見された。細胞が刺激を受けると、そのタンパク質の量が飛躍的に増加することから、日本語の「飛ぶ」にちなんで「Tob」と名付けられたという。その反応の素早さから、初期応答遺伝子に分類されている。同遺伝子は、がんに関与することで見出されたが、その後の研究により、細胞周期や免疫応答の制御にも関与していることが示されていた。
Tob遺伝子欠損マウス、強い抑うつ・恐怖・不安を示し恐怖記憶が軽減しない
研究グループは今回、マウスを用いて細胞生物学と神経科学の実験を行った。まず、マウスをストレスにさらすとTobタンパク質の量が増加した。次に、Tob遺伝子を持たずに生まれたマウスを用いて実験を行ったところ、強い抑うつや恐怖、不安を示すことが確認された。例えば、水を入れたバケツの中にTob遺伝子を持つマウスを入れると、泳いで逃げ出そうとするが、Tob遺伝子を持たないマウスでは、ただ浮いているだったという。研究グループは、このようにマウスが困難な状況を克服しようとしない様子を「抑うつ状態」と判断する1つの材料とした。
さらに、Tob遺伝子を持たないマウスは、学習をしないように見受けられたという。通常のマウスを恐怖の記憶を思い出す場所に連日置くと恐れる必要がないことを学び、恐がらなくなるが、Tob遺伝子を持たないマウスは、数日経っても身動きを取ることができず、強い恐怖を感じていることが示された。
海馬のTob遺伝子が恐怖と抑うつを抑制、不安は脳の別の部分で制御されている可能性
その後、Tob遺伝子を欠失させたマウスのMRI画像を撮影した。すると、脳の海馬と前頭前野というストレス耐性を制御する重要な2つの部分のつながりが変化することが明らかになったことから、同遺伝子が海馬で果たす具体的な役割を調べることにした。
Tob遺伝子を持たないマウスの海馬に同遺伝子を注入し、海馬以外の体内の部位には同遺伝子が存在しないようにすると、恐怖や抑うつの強さは正常に戻ったが、強い不安は残っていた。反対に、Tob遺伝子を海馬には注入せず、それ以外の全身の細胞には存在するようにすると、マウスの不安の程度は正常だったが、強い恐怖と抑うつが見られたという。
これらのことから、海馬のTob遺伝子が恐怖と抑うつを抑制していることが判明。一方で、不安は脳の別の部分で制御されていることが示唆された。
Tob遺伝子は、直接的・間接的に複数の影響を及ぼす
次に、Tob遺伝子を持たないマウスを用いて海馬の神経細胞(ニューロン)の機能を測定した。その結果、興奮が高まっている一方で、抑制が低下していることが明らかになり、全体のバランスに影響が出ていることが判明。この結果から、マウスの行動に影響が出ていたことが示された。
最後に、マウスをストレスにさらし、分子解析を行った。ストレスがかかっても、いくつかの遺伝子の発現はすぐには変化せず、15分後には変化した。また、Tob遺伝子を欠失させたマウスでは、他の遺伝子やタンパク質にも影響が見られた。このことから、Tob遺伝子は直接的、間接的に複数の影響を及ぼしている可能性が高いことが示唆された。
精神的ストレスに対する治療法開発への貢献に期待
Tob遺伝子はさまざまな現象に関係しているが、脳のシステムの研究は特に難解だ。脳内のTob遺伝子がストレスに応答して働くことは、以前より予想されていたが、今回の研究成果により、初めてそのことが明らかにされた。
「恐怖、抑うつ、不安におけるTob遺伝子の役割が明らかになることで、精神的ストレスに対する治療法の開発に大きな影響を与える可能性がある」と、研究グループは述べている。
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・沖縄科学技術大学院大学(OIST) プレスリリース