JMDC Claims Databaseの症例を対象に、がん患者における高血圧と心血管イベント発症リスクの関連を検証
東京大学医学部附属病院は9月9日、日本の大規模な疫学データベースを解析し、がん患者において血圧が高いことは、心不全などの心血管イベント発症と関連することを明らかにしたと発表した。この研究は、同大大学院医学系研究科循環器内科学の小室一成教授、同・先進循環器病学講座の金子英弘特任講師、佐賀大学医学部循環器内科の野出孝一主任教授、香川大学医学部薬理学の西山成教授、滋賀医科大学NCD疫学研究センターの矢野裕一朗教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Journal of Clinical Oncology」オンライン版に掲載されている。
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研究グループは、日本人においては、高血圧診断基準(140/90mmHg以上)より低い軽度高血圧の段階から心不全や心房細動の発症リスクが上昇することを2021年に報告している。
分子標的療法などの治療の進歩によって、がん患者の治療成績は年々向上している。それに伴い、がん患者が治療経過中に心血管イベントを発症することが臨床的に大きな問題となり、腫瘍循環器学という新たな診療・研究領域として大きな注目を集めている。一方、高血圧は、がん患者においても高頻度に認められる併存症だ。例えば、いくつかの抗がん剤は、副作用として高血圧を高頻度に引き起こすことが報告されている。しかし、がん患者における高血圧と心血管イベント発症リスクの関連は、検討例が極めて少ないのが現状だった。一方、がん患者の臨床においては、むしろ血圧低下(例:食欲不振にともなう脱水)が問題となることも多く、高血圧については積極的な治療が行われない場面もあったと考えられる。
そこで研究グループは今回、国内で最大規模の健診・レセプトデータベース「JMDC Claims Database」に登録された症例を対象に、がん患者における高血圧と心血管イベント発症リスクの関連を検証した。
心不全のリスクは、ステージ1高血圧でハザード比1.24、ステージ2で1.99と用量依存的に上昇
研究では、2005年1月~2020年4月までにJMDC Claims Databaseに登録され、日本人における主要ながん発症部位である乳がん、大腸直腸がん、胃がんの既往を有する3万3,991症例(年齢中央値53歳、34%が男性)を解析対象とした。その結果、平均観察期間2.6±2.2年の間に779症例で心不全の発症が記録された。
米国ガイドラインに準じて分類した正常血圧(収縮期血圧120mmHg未満かつ拡張期血圧80mmHg未満)と比較して、心不全のリスクはステージ1高血圧(収縮期血圧130-139mmHgあるいは拡張期血圧80-89mmHg)でハザード比1.24、ステージ2高血圧(収縮血圧140mmHg以上あるいは拡張期血圧90mmHg以上)で1.99と用量依存的に上昇した。
高血圧と心不全リスク上昇の関係は、化学療法などを行っている症例でも確認
血圧上昇に伴う疾病発症リスクの上昇は、心不全以外の心血管イベント(心筋梗塞、狭心症、脳卒中、心房細動)においても認められた。また、高血圧と心不全リスク上昇の関係は、化学療法など積極的ながん治療を行っている症例(治療中の症例)においても認められた。日本のデータベースから得られたこの結果は、韓国の全国規模の疫学データベースでも追認されたという。
がん患者における適切な高血圧の治療指針を構築していくことが重要
今回の研究は、観察研究を用いて関連性を示したものであり、因果関係を示す研究結果ではない。しかし同研究により、がん患者においても血圧上昇に伴って心不全などの心血管イベント発症リスクが上昇することが示された。とりわけ日本の高血圧診断基準(140/90mmHg以上)よりも低い段階から心不全のリスクが上昇したこと、積極的ながん治療中の症例でも、そのような関連性を確認できたことは、例えがん治療中の患者であっても血圧の管理が重要であることを示すものであり、活発に研究が進んでいる腫瘍循環器学において、とても重要な知見となる。
「今後の研究で、がん患者における適切な高血圧の治療指針を構築していくことが求められる」と、研究グループは述べている。
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