中核症状に対する有効な治療薬が未確立のASD、分子メカニズムの解明が課題
浜松医科大学は9月7日、ミトコンドリア機能計測用PETプローブを用いて研究を行い、自閉スペクトラム症(ASD)と診断される患者では、脳内前部帯状皮質(ACC)におけるミトコンドリア複合体Ⅰ(MC-I)の利用率測定から評価されたミトコンドリア活性が低く、ASDの中核症状である社会的コミュニケーションの困難さとの相関関係を見出したと発表した。この研究は、同大学精神医学講座の加藤康彦助教と山末英典教授、同大学光尖端医学教育研究センター生体機能イメージング研究室の尾内康臣教授、浜松ホトニクス(株)中央研究所の塚田秀夫主幹らの研究グループによるもの。研究成果は、「The American Journal of Psychiatry」に掲載されている。
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ASDは、最新の米国の調査では一般人口の44人に1人の割合で認められる頻度の高い神経発達障害である。ASDの中心的な特徴として、他者と交流することが難しく社会生活に制約が生じるという社会的コミュニケーションの困難さと、興味が偏り同じ行動を繰り返しやすく変化に対して混乱しやすいという常同行動・限定的興味がある。しかし、これらを起こす分子的なメカニズムは分かっておらず、ASDの中核症状に有効な治療薬は未確立で、不安、抑うつ、衝動性、興奮などの二次的に併発した症状に対し、抗うつ薬などによる対症的治療が行われているのが現状である。そのため、分子メカニズムの解明および中核症状に有効な薬物の開発が、国内のみならず世界においても喫緊の課題となっている。
ミトコンドリア機能障害仮説に対する直接的な証拠は得られていなかった
そうした中、エネルギー産生の役割を持つ細胞内小器官のミトコンドリアがASDに関与する可能性が注目されている。現在までに、ASDと診断された人では定型的な発達の人に比べて、乳酸・ピルビン酸などのミトコンドリア機能を反映する物質の血液などにおける濃度が異なる、白血球でミトコンドリアDNAのコピー数が多い、脳内でも乳酸などの代謝物に変化がみられる、などが報告され、ASDにミトコンドリア機能障害が関与している可能性が推測されている。また、死後脳を用いた研究では、ACCにおいてMC-Iの活性低下が報告されていた。
ミトコンドリア内膜に存在するMC-Iは、生命活動を支えるエネルギー分子であるアデノシン三リン酸(ATP)の産生に関わる電子伝達系酵素複合体の一つで、最初の酸化を担っている。ミトコンドリア活性の低下は、脳活動に必要なエネルギーであるATPを供給出来ないことで、ASDの脳内分子メカニズムが形成される可能性を示唆している。これらの研究結果から、ASDの分子メカニズムを説明する仮説の一つとして、「ミトコンドリア機能障害仮説」が提唱されていたが、脳内におけるMC-Iの活性とASDとの関係はいまだ明らかになっていない。
そこで今回の研究では、浜松ホトニクス中央研究所が開発したMC-Iに結合するPETプローブ[18F]BCPP-EFを用いた撮影を行うことで生体脳内でのMC-Iの活性を測定し、ASDと診断された人におけるMC-I活性の脳内分布の特徴について定型的な発達の人と比較し、さらにこのMC-I活性の特徴が社会的コミュニケーションの困難さと関連しているか検討した。
ACCにおけるMC-I活性低下がASDの社会的コミュニケーションの困難さと相関
研究では、ASDと診断された23名の男性と、年齢と知的能力および両親の社会経済的背景に差がない定型発達を示した24名の男性が参加し、PETプローブ[18F]BCPP-EFを用いたPET撮像を行った。そして、過去に死後脳研究でMC-Iの活性低下が報告されていた、ACC、視床、上側頭回、後頭皮質、背外側前頭前野、一次運動野の6つの脳部位に着目して利用率を調べた。
その結果、定型的な発達の人と比べてASDと診断された人では、MC-Iの活性低下がACCに特異的に認められた。さらに、ASDの人では、このACCにおけるMC-I活性低下が、国際的にゴールドスタンダードとされる方法で面談場面の振る舞いを基に評点をした社会的コミュニケーションの困難さと相関していた。これによって、これまで血液中のミトコンドリア機能に関連する物質の変化や死後脳における検討などから間接的に推測されていたASDの脳内分子メカニズムにおけるミトコンドリア機能障害の関与が、生体脳内におけるMC-I活性の低さとして、より直接的に示された。
治療法のなかった中核症状に治療介入の可能性を示唆
ACCは、先行する死後脳や脳機能画像を用いた研究によって、ASDと診断された人における機能不全や微細な形態異常が存在することや、ASDの社会的コミュニケーションの困難さと関連することが、繰り返し報告されていた。今回の研究結果からは、ACCにミトコンドリア機能障害が存在することが、同部位の機能不全や形態異常、そして社会的コミュニケーションの困難さが形成される一因であることが示唆される。また、MC-Iの活性に必須な葉酸という物質の服用によってASDと診断される方の社会的コミュニケーションの困難さが改善したと報告した臨床試験や、ASDの中核症状が改善する過程にACCの機能改善が関与することなどが報告されており、本研究結果と合わせると、ACCにおけるMC-Iの活性低下を改善させることで、これまで治療法のなかったASDの社会的コミュニケーションの困難さに対して治療介入が可能であることが示唆された。
今回発見した、ACCにおけるMC-Iの活性低下と社会的コミュニケーションの困難さとの相関関係について、今後、動物実験などによって、その因果関係が解明されることが期待されるという。また、「ACCなどの脳部位におけるMC-Iの活性化を促進することによる、ASDと診断される人の社会的コミュニケーションの困難さを改善する方法の開発に結びつくことが期待される」と、研究グループは述べている。
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・浜松医科大学 研究成果プレスリリース