血漿鉄、フェリチン、ヘプシジン濃度について日本の一般住民を対象に調査
国立がん研究センターは9月3日、全国の40~69歳の男女約3万4,000人の血液を用いて、鉄代謝マーカーであるフェリチンなどの濃度とがん罹患リスクの関連を調べた結果を発表した。この研究は、同センターの多目的コホート研究(JPHC研究)として行われたもの。研究成果は、「Cancer Prevention Research」に掲載されている。
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鉄は人体の健康維持に必要な必須微量元素の一つである。一方、体内に過剰な鉄が存在することは、活性酸素の増加を介して発がんにつながることと関連する可能性が指摘されている。体内の鉄の状態を知るためには複数の検査値が有用だ。
今回の研究では、血漿鉄、フェリチン、ヘプシジンを鉄代謝マーカーとして調べた。血清鉄は血液中の鉄の量、フェリチンは体内の貯蔵鉄の状態を反映するマーカー(今回の研究では、血清鉄の参考値となる、血漿鉄を測定しました)。ヘプシジンは、体内の貯蔵鉄の量が多い場合に肝臓から多く産生され、それにより主に鉄の吸収を抑制する指令を出すホルモンで、多くの場合、血清鉄やフェリチンはヘプシジンと相関する。
調査対象は、平成2年(1990年)と平成5年(1993年)に、岩手県二戸、秋田県横手、長野県佐久、沖縄県中部、茨城県水戸、新潟県長岡、高知県中央東、長崎県上五島、沖縄県宮古の9保健所管内(呼称は2019年現在)の居住者で、多目的コホート研究のベースライン調査のアンケート調査に加え、血液を提供した男女約3万4,000人。15.6年(中央値)の追跡期間中に、3,734人のがん罹患が確認された。がんに罹患したグループと比べるための対照グループとして、同じ約3万4,000人の中から、4,456人を無作為に選んだ。
がん罹患前に保存された血液を使用、全てのがん罹患や部位別のがん罹患との関連を解析
がんに罹患する前に保存された血液を用い、鉄代謝マーカー(フェリチン、血漿鉄、ヘプシジン)を測定した。それらを用いて、血中フェリチン値に基づく体内の貯蔵鉄の状態(鉄欠乏:フェリチン<30ng/ml、鉄過剰:男性でフェリチン>300ng/ml、女性でフェリチン>200ng/ml)ががん罹患と関連するかを調べた。解析では、年齢、性別、喫煙状況、飲酒状況、身体活動量、がん家族歴の有無、糖尿病の既往の有無、体格(BMI)など、がんと関連する要因を統計学的に調整し、これらの影響をできるだけ取り除いた。また、血漿鉄、ヘプシジンについては、その濃度によって、人数が均等になるように4つのグループに分け、濃度が最も低いグループを基準として、他のグループにおける、その後の全てのがん罹患や部位別のがん罹患との関連を調べた。
鉄「過剰」状態と肝臓がんリスク上昇に関連
体内の貯蔵鉄が過剰な状態(男性:フェリチン>300ng/ml、女性:フェリチン>200ng/ml)は、体内の貯蔵鉄が正常範囲の状態(男性:フェリチン30-300ng/ml、女性:フェリチン30-200ng/ml)と比較して、統計学的有意に、肝臓がん罹患リスク上昇と関連することがわかった。また、血液中の鉄の量を反映する血漿鉄が最も低いグループと比べて、最も高いグループでは、肝臓がん罹患リスク上昇と関連した。
ヘプシジン低値が肝臓がん罹患リスク上昇に寄与
さらに、体内への鉄吸収を阻害するホルモンであるヘプシジンに関しては、その最も低いグループと比べて、最も高いグループでは、肝臓がん罹患リスク低下と関連した。言い換えると、これはヘプシジンが低いことが肝臓がん罹患リスク上昇と関連すると考えられた。
鉄「欠乏」状態とがん全体および胃がん・大腸がん罹患リスクに関連
一方、体内の貯蔵鉄が欠乏する状態(フェリチン<30ng/ml)は体内の貯蔵鉄が正常範囲の状態(男性:フェリチン30-300ng/ml、女性:フェリチン30-200ng/ml)と比較して、がん全体、胃がん、大腸がん罹患リスク上昇と関連することがわかった。
胃がん、大腸がんをはじめとする消化器がんでは、がんの存在によって体内に鉄欠乏が生じることがよく知られている。そこで、観察開始から最初の3年に、がん罹患、あるいはほかの理由で追跡不可能となった人を除外した解析を行ったところ、大腸がんでは有意な関連を認めなくなった。これは、がんにより鉄欠乏が生じたのではなく、がんの診断前に体内の鉄欠乏が先行していた可能性を示唆するものだ。
しかし、胃がんでは、上記の追跡開始から3年以内にがんに罹患した人を除外した解析でも、体内の鉄欠乏との有意な関連がみられた。胃がんの発生のリスク要因である萎縮性胃炎によって、体内に鉄欠乏が生じることがよく知られている。今回観察された体内の鉄欠乏と胃がんとの関連は萎縮性胃炎によって説明がつくのではないかと推測された。
海外の過去の研究結果とも一致
今回の研究から、体内の貯蔵鉄が過剰な状態にある人で、肝臓がんに罹患するリスクが高いことが判明した。これまでの海外の研究では、非アルコール性脂肪肝炎の患者や一般人口集団において、血清鉄や体内の貯蔵鉄状態を示すトランスフェリン・飽和度の高値に反映される鉄過剰状態と肝臓がん罹患リスク上昇との関連が示されており、研究結果は、過去の研究結果と一致するものだ。
さらに、ヘプシジンが低いことが肝臓がん罹患リスク上昇と関連することを示した。このことは、肝臓がんにおいて、ヘプシジンが十分高くなれないような病態が存在し、体内の貯蔵鉄が過剰になることで、肝臓がん罹患リスク上昇とつながりうることを示すものと考えられた。
今回の研究は、一般人口集団における鉄過剰の状態と肝臓がん罹患リスク上昇を日本人において初めて示したもので、ヘプシジンの低値が肝臓がん罹患リスク上昇に寄与することを示した初めての報告である。
ただし、肝炎ウイルスへの感染など、鉄代謝マーカーに影響を与え得る要因のうち情報を得ることができなかった要因の影響については考慮できていないこと、極端な鉄過剰の人(フェリチン>1000ng/mlなど)における肝臓がん以外のがん罹患リスクに関して、そういった人が少なく十分評価できなかったことなどが今回の研究の限界点として挙げられる、としている。