難治てんかん患者61人の脳内から直接記録した発作時脳波データを収集解析
京都大学は9月5日、国内の主要てんかんセンター15施設の国内多施設共同研究として、難治てんかん患者61人の脳内から直接記録した発作時脳波データを収集解析し、「発作時DC電位」という新しいバイオマーカーの脳波変化の領域を切除して発作消失・減少の程度との関係を検証した結果を発表した。この研究は、同大大学院医学研究科の池田昭夫教授、小林勝哉同助教、中谷光良同博士課程学生(現:順天堂大学脳神経内科)、東京医科歯科大学脳外科の前原健寿教授、国立精神・神経医療研究センターの岩崎真樹脳外科部長らの研究グループによるもの。研究成果は、「Brain Communications」にオンライン掲載されている。
画像はリリースより
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てんかんは、100人に1人のあらゆる年代に起こる一般的な脳の病気。てんかん患者の身体面・心理面・社会面における直接的なてんかん発作の影響は、臨床現場での課題だ。脳内の特定のてんかん焦点から起こるてんかん発作に対して、抗発作薬の内服治療で発作が抑制されない場合、外科治療が有効な場合が多くある。外科治療で発作を抑制できるかは、いかに正確にてんかん焦点を定められるかが重要だ。
てんかん発作時の脳波として、細胞外カリウム濃度の変動を介したグリア細胞と神経細胞の相互作用を反映するとされる「発作時DC電位」(1Hz=1秒に1回以下の非常に遅い脳活動)と、神経細胞の過剰興奮を反映するとされる「発作時HFO」(高周波律動high-frequency oscillation、80Hz=1秒に80回以上の非常に速い脳活動)がある。この2つは、通常の脳波活動(1-80Hz)よりも、てんかん焦点の位置を定めるのに重要な情報が得られる良い指標として、近年注目されている。
これまで、てんかん「発作時DC電位」「発作時HFO」は、主に単一の施設での少数例の視察による評価が中心だった。その理由の一つとして、これらの脳活動の記録および解析は、施設や解析者によって解析手法なども少しずつ異なり統一されていないことが挙げられる。研究グループは、本研究に先立って「発作時DC電位」「発作時HFO」の記録と解析の標準化案及び手引きを策定した。その上で、本研究では、てんかん「発作時DC電位」「発作時HFO」の解析により、てんかん外科治療の発作予後が改善するかを明らかにすることを目的とした。てんかん「発作時DC電位」「発作時HFO」の解析を多施設・多数例での検討を行うことは、てんかん発作におけるそれらの脳活動の生理学的・臨床的意義を明らかにし、また、特に京都大学で長年研究されてきた「発作時DC電位」に関しては世界で初めててんかん外科治療の発作予後との関連性についての検討を行うことで、てんかん焦点の位置を定めるための新しいバイオマーカーとなるとの着想に至った。
今回の研究は、頭蓋内への電極留置による検査(脳内から直接記録した脳波データ記録)を必要とした難治てんかん患者のてんかん発作時脳波データを解析対象とした。国内の主要なてんかんセンター5施設で発作時脳波データを61患者(内側側頭葉てんかん15人、新皮質てんかん46人)から収集し、「発作時DC電位」と「発作時HFO」の特性を抽出するため、それらの脳活動の開始のタイミングと大きさを評価。「発作時DC電位」「発作時HFO」が特に傑出してみられる2電極を「中核領域電極」と定義した。さらに、定義した「発作時DC電位」「発作時HFO」それぞれの「中核領域電極」を外科治療で切除することが、良好な発作予後と関連するかを検討した。
発作時DC電位・HFOは真の発作焦点の位置を定め、外科治療の良好な結果のために重要
最終的に患者53人で記録された327回のてんかん発作時の脳波を解析。得られた結果としては、てんかん発作時に、「発作時DC電位」は92%の患者・86%の発作と高い出現率(感度)で見られ、一方「発作時HFO」は71%の患者・62%の発作で認められた。
また、「発作時DC電位」「発作時HFO」の両者が見られた患者では、「発作時DC電位」が「発作時HFO」より時間的に先行し、特に新皮質てんかん患者でその特性は顕著に見られた。「発作時DC電位」「発作時HFO」の両者の「中核領域電極」が一致・共通していたのは39%だったが、その時も時系列的に「発作時DC電位」が先行しており主体的な貢献を示し、同時に、「発作時HFO」の「中核領域電極」も一部独立して貢献して外科治療の良好な発作予後と相関していた。
これらの多施設・多数例の解析の結果、「発作時DC電位」と「発作時HFO」は、病気の治癒のための真の焦点の位置を定め、外科治療の良好な結果のために重要であることが示された。特に京都大学で長年研究されてきた「発作時DC電位」は、その高い出現率と最も早期に出現するという点で、難治部分てんかんの新しいバイオマーカーとなることを世界で初めて明らかにしたとしている。
てんかん発作の予測・予防への応用に期待
今回の研究により、「発作時DC電位」と「発作時HFO」は真の発作焦点の指標となり、てんかん外科治療の良好な結果を得るために重要であることが示された。今後、これらの解析により、てんかん外科治療の成績向上につながることが期待される。また、「発作時DC電位」は、「発作時HFO」より高頻度に出現し、また従前の脳波活動や「発作時HFO」に先行して出現する特性を世界で初めて多施設・多数例のデータで検証できた。「発作時DC電位」は発作の出現を最も早期に検知できる活動として、将来のてんかん発作の予測・予防への応用も期待される。
「発作時DC電位」と「発作時HFO」の「中核領域電極」は、いずれも従前の脳波活動の発作起始部位の範囲に含まれたものの、両者の一致率は39%だった。時系列的には「発作時DC電位」が先行することから、アストロサイト群の異常の重要性と同時に、神経細胞群が異なる作用機構で発作の難治化に関わることが示唆された。
すなわち本研究結果は、てんかん発作は神経細胞群の役割と同時に、アストロサイトの異常が特に細胞外カリウム濃度のホメオスタシス機能の破綻を介して発作発現に能動的に関わることを示し、てんかん病態と難治化機構を解明する基礎となり、最適な治療の研究がなされていくことが期待される。
同研究では、頭蓋内の電極留置による検査で難治部分てんかん患者データを対象とした。日々のてんかん診療で行われる頭皮脳波で記録される「発作時DC電位」「発作時HFO」の解析はこれまであまり検討されていないが、本研究は今後の頭皮脳波解析の臨床応用の礎となると考えられる。将来的には、てんかん患者の診断と治療への応用が可能と考えられるという。なお、研究グループは頭皮脳波での「発作時DC電位」「発作時HFO」の後・前方視的な解析に着手している。
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