医療従事者の為の最新医療ニュースや様々な情報・ツールを提供する医療総合サイト

QLifePro > 医療ニュース > 医療 > 強迫性障害、計算論的アプローチで症状の仕組みを解明-奈良先端大ほか

強迫性障害、計算論的アプローチで症状の仕組みを解明-奈良先端大ほか

読了時間:約 3分31秒
このエントリーをはてなブックマークに追加
2022年09月02日 AM11:09

神経活動の背景にある仕組みを数理モデルで明らかにする「計算論的アプローチ」

奈良先端科学技術大学院大学は8月24日、強い不安とそれを一時的に軽減するための繰り返し行動で特徴づけられる強迫症()について、症状の仕組みを明らかにする計算論モデルを作成し、そこで予測された変化が実際に強迫症患者に見られることを突き止めたと発表した。この研究は、同大先端科学技術研究科 情報科学領域の田中沙織特任准教授、株式会社国際電気通信基礎技術研究所()脳情報通信総合研究所の酒井雄希主任研究員、 脳科学研究所の酒井裕教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Cell Reports」に掲載されている。


画像はリリースより
(詳細は▼関連リンクからご確認ください)

行動や脳の神経活動の背景にある仕組みを数理モデルによって明らかにしようとする研究方法を「計算論的アプローチ」と呼ぶ。これは、何かを知覚し行動する際に脳が行っている脳神経の信号処理を、ある種の「計算」と捉え、そのプロセスの計算論モデルを作成するというもの。

近年、精神疾患を対象に同アプローチを用いることで、検査データなど客観的な指標だけではわからない疾患の仕組みを理解しようとする「計算論的精神医学(computational psychiatry)」が注目を集めている。研究グループは今回、このアプローチを用いて、強迫性障害の症状・治療のメカニズム解明を目指した。

脳の「強化学習」に着目し、計算論モデルを作成

強迫症は生涯有病率約2%とよくみられる精神疾患で、「強迫観念」と「強迫行為」によって特徴づけられる。強迫観念は繰り返される持続的な思考で、強い不安を伴う。強迫行為は強迫観念によって起こった不安を一時的に軽減するための過剰な繰り返し行動だ。代表的な症状としては「鍵がしっかり閉まっていないことで何か起こるのではないかと不安に思い(強迫観念)、何回もドアノブを確認する(強迫行為)」などが知られる。治療法として、不安に立ち向かい強迫行為をしないことを練習する「行動療法」と、抗うつ薬としても知られる「セロトニン再取り込み阻害薬(serotonin reuptake inhibitor: )」による薬物療法があり、これらは治療ガイドラインで第一選択の治療法とされている。

しかし、強迫観念と強迫行為が悪循環する強迫症状がなぜ生じるのか、行動療法やSRIの投与がどのようにして治療効果を発揮しているのかに関するメカニズムは不明だった。そこで、このメカニズムを解明すべく、なぜ強迫症患者の脳がこの悪循環を「学習」してしまうのかについて、計算論モデルを用いて調べた。ここでいう学習とは、試験勉強のような学習ではなく、ヒトがさまざまな行動を身につけることを指す。同研究グループは、脳が行っているとされる「強化学習」に着目し、その際に脳が行っているプロセスを、ある種の「計算」とみなし、計算論モデルを作成した。

学習パラメータがアンバランスだった際に強迫症状が学習されるが、行動療法で改善可能

ある個人がどのような行動を身につけやすいかといった特性を表す学習パラメータを、パソコンで実施可能な、簡単な選択課題で計測することができる。この学習パラメータの例として、学習の速度や探索の度合い、予想との差分(違い)をどれぐらい過去の行動まで関連付けるかなどがある。

さまざまな学習パラメータの組み合わせを用いたコンピューター・シミュレーションや理論的解析を行った結果、どれぐらい過去の行動まで学習に関連付けるかを調整する「学習パラメータ」について、現在の結果が予想より悪かった場合のパラメータが、予想より良かった場合のパラメータよりも極端に小さい(アンバランス)場合、強迫症状(強迫観念と強迫行為の繰り返し)がいつのまにか学習されてしまうことを見出した。さらに、この学習をしてしまった強迫症状は「強迫観念があっても強迫行為をしない」といった行動療法を行うことにより改善できることも、シミュレーションで見出した。

SRIの投与量を増やすほど、学習パラメータのアンバランスが解消

次に、計算論モデルから予測された学習パラメータの性質が、実際の強迫症患者で観察されるか検証した。強迫症患者と健常者において選択課題のデータ収集を行い、個々人の学習パラメータを推定したところ、計算論モデルから予測された通り、強迫症患者は健常者と比較してアンバランスな学習パラメータを示すことが判明した。

また、これまで治療薬であるSRIがどのようにして強迫症への治療効果を発揮しているのかは解明されていなかったため、SRIの投与量と学習パラメータのアンバランスさの関係性を調べた。その結果、治療薬であるSRIの投与量を増やすほど、アンバランスを解消できていることがわかった。つまり、行動レベルのメカニズムとしては、学習パラメータのアンバランスを解消することにより、治療効果を発揮しているというメカニズムが示唆された。これらの成果は、強迫症状やその治療の根本的なメカニズムの理解において、大きな進展と言える。

極端なアンバランスがあると行動療法のみでは治療不可

臨床的なエビデンスとして、一部の強迫症患者は行動療法での治療が上手くいかないこと(治療抵抗性)が知られているが、学習パラメータを計測・推定し、より極端なアンバランスが存在する場合、行動療法のみでは治療できないということも理論的に導き出すことに成功した。

現状の臨床では、強迫症を治療する際に、どの治療法が効果を発揮するかを事前に予測することはできないが、今後は計算論的アプローチを適用し、治療前に学習パラメータを評価することで、行動療法のみでの治療が可能かといった、治療の最適化ができる可能性がある、と研究グループは述べている。

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

同じカテゴリーの記事 医療

  • 前立腺がん、治療決定時SDMが患者の治療後「後悔」低減に関連-北大
  • 糖尿病管理に有効な「唾液グリコアルブミン検査法」を確立-東大病院ほか
  • 3年後の牛乳アレルギー耐性獲得率を予測するモデルを開発-成育医療センター
  • 小児急性リンパ性白血病の標準治療確立、臨床試験で最高水準の生存率-東大ほか
  • HPSの人はストレスを感じやすいが、周囲と「協調」して仕事ができると判明-阪大