レンバチニブの高い抗腫瘍効果を継続的に発揮できるドラッグデリバリーシステムを開発
関西医科大学は8月30日、抗がん剤内包PCL(ポリカプロラクトン)ファイバーシートを用いた新規局所治療デバイスの開発を行い、直接がん局所に貼付することで、全身投与と比較して極端に少ない抗がん剤使用量で抗腫瘍効果が発現し、抗がん剤特有の副作用を軽減できることを明らかにしたと発表した。この研究は、同大外科学講座の吉田明史病院助教、海堀昌樹診療教授、物質・材料研究機構機能性材料研究拠点の荏原充宏グループリーダーらの研究グループによるもの。研究成果は、「Nanomaterials」に掲載されている。
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国立がん研究センターがん情報サービス「がん統計」(全国がん登録)(2022年5月26日時点)では日本の部位別がん5年相対生存率において肝細胞がんの5年生存率は男性36.2%とワースト5位、女性35.1%ワースト3位であり男女合わせると膵臓がん、胆道がんに次いでワースト3位に入る生存率の低いがん種である。レンバチニブは切除不能進行肝細胞がんの単剤で使用できる主要な治療薬であり、研究グループは、このレンバチニブの高い抗腫瘍効果を効果的かつ継続的に発揮させ得る新たなドラッグデリバリーシステム(Drug Delivery System)の開発を行った。
人体に安全な材料に薬剤を練りこみ繊維化して、薬剤を含有したファイバーシートを作製
研究グループは、ポリカプロラクトンという材料に注目した。ポリカプロラクトンとはε-カプロラクトンを開環重合し生成される、疎水性の化学合成系生分解性プラスチックである。ポリカプロラクトンは、FDA(アメリカ食品医薬品局)の認可も受けており、ステントや吸収性縫合糸、形成領域での注入材など臨床でもすでに使用されている、人体に安全な材料である。このポリカプロラクトンを溶解し、その中に薬剤を練りこみ、繊維化し、織り込むことで薬剤を含有したファイバーシートを作製すると、ファイバー内の薬剤は拡散作用により徐放されていく。今回の研究においては、エレクトロスピニング法を用いてレンバチニブを内包したシートを作製した。シートに内包された薬剤は徐々に拡散されていき、抗腫瘍効果を示すことになる。
レンバチニブ20mg含有シート、計算上6~8か月で100%の薬剤を放出
実際のレンバチニブ内包PCLシートは、1センチ四方のサイズで、繊維の太さは1μm(マイクロメートル)である。それをシート状に織り、最終的なシートの厚さを約0.1mmにした。繊維に内包された薬剤は拡散作用によって放出されていくという。レンバチニブ20mg含有シートでの徐放量は、計算上では6~8か月で100%の薬剤を放出し、1年以上かけて分解される設定であるという。
マウス皮下腫瘍に対し、day7でシート群が有意に増殖抑制、体重減少の副作用なし
研究グループは、マウス皮下腫瘍モデルを用いて、作製したレンバチニブ内包PCLシート皮下挿入群とレンバチニブ経口投与群での抗腫瘍効果を比較検討した。無治療群、経口投与10mg/kg/day群、シート群(対経口比65%、32.5%)の4群で実験を行い、腫瘍体積推移と体重減少の有無を検証した。肝がん細胞株であるHuH-7を皮下注射し14日後に腫瘍体積が180-200mm3となったことを確認し、経口投与、シート挿入を実施し、その日をday0とした。腫瘍体積に関してはday7の時点でシート群が無治療群、経口投与群と有意差をもって増殖抑制を認め、体重減少の副作用は認めないという結果となり、day14でも同様の結果となった。また、経口投与群はday14時点において無治療と比較し有意差を認めた。
シートの抗腫瘍効果は全身性、直接貼付以外でも効果が期待
次に、レンバチニブ内包シートの抗腫瘍効果が全身性か局所性かを検討するために、シート挿入位置を腫瘍周囲、腫瘍直接、腫瘍対側と変え比較した。薬剤非含有シートを挿入した対照群と比較し、腫瘍体積はday7の時点から、レンバチニブ内包シートを入れた全てのシート群で有意差をもって腫瘍増殖抑制を認め、体重減少の副作用は認めないという結果となり、その結果はday14も同じとなった。シート挿入群の血中レンバチニブ濃度推移は、対側貼付でも直接貼付と変わらない薬剤血中濃度が得られており、レンバチニブ内包シートが血中濃度を維持することにより全身性の抗腫瘍効果を示す可能性が考えられ、直接貼付以外でも効果が期待されるという。
最後に、全身性の抗腫瘍効果による生存延長効果を確認するため腹膜播種モデルを作製し実験した。腫瘍細胞を腹腔内に投与した直後に、レンバチニブ内包シートを皮下に挿入し、その日をday0とした。Day30で薬剤非含有シートを挿入したマウスは87.5%が死亡したのに対し、レンバチニブ1mgシート挿入群は100%の生存率で有意差を認めた。また、薬剤非含有シート群はday14には肉眼的な播種結節が散見され、day20の時点で75%に血性腹水を認めたのに対し、レンバチニブシート群はDay30の時点で播種結節や血性腹水を認めなかった。
他の薬との組み合わせも可能、効果を維持しつつ薬剤量を減少させるデバイス開発へ
今回使用したレンバチニブは、がん細胞などの特定の細胞を攻撃する分子標的薬という薬である。抗腫瘍効果を維持したまま使用薬剤量を減少させることが可能なデバイスが開発できれば、分子標的薬以外のさまざまな種類の薬との組み合わせが可能になる。この実験ではシートを皮下に挿入したが、貼付剤のような形式や、副作用出現時に抜去し易い形状の開発ができればより臨床応用へ近づくと考えられる。また、体外から超音波、赤外線、磁場などを用いて薬剤放出のON-OFFを切り替えるようなデバイス研究も進んでいるという。「今後は大型動物での実験や臨床研究を経て、皮膚貼付から腹腔内での使用まで幅広く応用できる新規デバイスを開発することを視野にいれている」と、研究グループは述べている。
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・関西医科大学 プレスリリース