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肺動脈性肺高血圧症、肺胞マクロファージのRegnase-1が病態を制御-京大ほか

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2022年08月30日 AM10:50

Regnase-1はPAH病態の制御に関与しているのか?

国立循環器病研究センターは8月26日、免疫細胞の活性化や炎症を抑えるブレーキとしての働きをもつRegnase-1(レグネース-1)が、国の指定難病である肺動脈性肺高血圧症の発症・重症化において重要な役割を果たしていることを見出したと発表した。この研究は、京都大学大学院医学研究科の夜久愛博士課程学生、竹内理教授、同センター血管生理学部の中岡良和部長らの研究グループによるもの。研究成果は、「Circulation」にオンライン掲載されている。


画像はリリースより
(詳細は▼関連リンクからご確認ください)

肺動脈の血管壁が厚くなり内腔が狭くなることが原因で起こる肺高血圧症のことを「(Pulmonary Arterial Hypertension: )」という。PAHにはいくつか種類があるが、代表的なものとして、特発性(原因不明)PAHと、免疫細胞が自己を攻撃する病気である膠原病に合併する膠原病性PAHが挙げられる。PAHは進行性の病気で、未治療では大半が死に至る病気だ。近年の血管拡張薬の開発により予後は改善したが、治療不応性の症例はいまだ予後不良であり、病態解明が求められている。特に膠原病性PAHは、肺動脈病変のみならず、肺静脈が閉塞する病気である肺静脈閉塞症や、心臓が固くなって心臓の動きが悪くなる心臓の線維化といった難治性の病態を合併することが多く、他の原因によるPAHと比較して予後不良であることが知られている。しかし、重症の膠原病性PAHの病態を模するモデルマウスは存在せず、その病態は未解明のままだ。

PAHの本態は、肺動脈を構成する細胞が異常に増殖することで肺動脈の血管壁が厚くなり、血管の内腔が狭くなることだが、現在使用されている血管拡張薬ではこれらの異常な細胞増殖を抑えることができない。このような肺動脈構成細胞の異常増殖の発症・進展過程には慢性的な炎症が関与していることが指摘されている。例えば、インターロイキン1(Interleukin-1、)やIL-6などの炎症性サイトカインが、PAH患者の血中において高値であることが報告されている。しかし、どのような細胞が炎症性サイトカインを産生し、PAH病態に寄与しているのかは不明だった。そこで研究グループは、免疫細胞の活性化や炎症を抑えるブレーキとしての働きをもつ「」という分子に着目した。

Regnase-1は、IL-1やIL-6などの炎症性サイトカインをはじめとする免疫細胞活性化に関連するタンパク質をコードするmRNAを分解する酵素として機能し、免疫応答を抑制するタンパク質だ。近年の研究で、ヒト潰瘍性大腸炎の上皮細胞でRegnase-1の機能獲得変異が見つかっている。また、特発性肺線維症患者の気管支肺胞洗浄液中で線維化に関連する細胞である2型自然リンパ球(ILC2)の数とRegnase-1の発現量との間に負が相関を認められており、ILC2に発現するRegnase-1が肺線維症の増悪を防ぐ機能を持つことも明らかになっている。つまり、ヒトの炎症病態や病気にRegnase-1が関与していることが考えられた。以上のことから研究グループは「Regnase-1が炎症を抑制することでPAH病態を制御しているのではないか」と考え、研究を行った。

Regnase-1が、特に膠原病性PAHの病態に関与している可能性

まず、肺高血圧症病態にRegnase-1が関与しているのかを検討するために、肺高血圧症患者と健常者の血液細胞におけるRegase-1遺伝子発現量を比較した。その結果、肺高血圧症患者ではRegnase-1発現量が健常者と比べて低下していることが判明。さらに、Regnase-1の発現量によって肺高血圧症患者を2群に分けてRegnase-1発現量が高い群と比較すると、低い群の方が疾患の予後が悪いということが明らかになった。これらの結果から、ヒト肺高血圧症の病態にRegnase-1が関与している可能性が考えられた。

そこで、肺高血圧症のサブグループであるPAH患者に関して詳細に検討したところ、特に膠原病性PAH患者においてRegnase-1発現量とPAHの重症度が負に相関しており、Regnase-1が肺高血圧症、特に膠原病性PAHの病態に関与している可能性が考えられたという。

Regnase-1欠損マウス、肺胞マクロファージにおける欠損が膠原病性PAHを惹起

PAH病態に寄与すると考えられているIL-6やIL-1 などの炎症性サイトカインは免疫細胞の一種である骨髄系細胞で分泌されることが知られている。そこで研究グループは、骨髄系細胞におけるRegnase-1の機能を検討した。

骨髄系細胞においてRegnase-1を欠損する2系統のマウスを作製したところ、両系統のマウスがPAHを自然発症した。さらに、病理像では、既存のPAHモデルマウスで再現することが困難だった重症PAH患者でみられる肺動脈の叢状病変(Plexiform lesion)を呈した。また、膠原病患者に合併することの多い、肺静脈閉塞症や心臓の線維化も合併しており、重症の膠原病性PAHを再現するモデルマウスと考えられた。2系統のマウスで共通する点は、肺胞マクロファージにおけるRegnase-1欠損であるため、肺胞マクロファージにおけるRegnase-1欠損が膠原病性PAH病態を引き起こしている可能性が考えられた。

肺胞マクロファージのRegnase-1、IL-6やPDGFのmRNA分解を介しPAH病態を制御

膠原病性PAHでは免疫抑制療法が奏功することがあり、T細胞やB細胞といったリンパ球が病態形成に関与すると考えられている。そこで詳細な検討を進めたところ、上述のRegnase-1欠損マウスにおいて、リンパ球依存性とリンパ球非依存性の経路がPAH病態形成に寄与していることが明らかになった。Regnase-1欠損マウスに肺胞マクロファージを除去する薬剤を経気道的に投与するとPAH病態が改善したことから、肺胞マクロファージにおけるRegnase-1がPAH病態を制御していることが明らかになった。

次に、Regnase-1欠損マウスから肺胞マクロファージと肺動脈を取り出し、両者の遺伝子発現を網羅的に解析し組み合わせることで、Regnase-1を欠損した肺胞マクロファージがどのような因子を介して肺動脈構成細胞の異常な増殖を引き起こしているのかを検討し、同定された因子の中から、Regnase-1によって直接制御される遺伝子を絞り込んだ。その結果、IL-1、、PDGFなどの遺伝子がRegnase-1によって分解制御されることが判明した。

PDGFは血管平滑筋細胞を増殖させることが知られているため、Regnase-1欠損マウスを用いて、これらの因子を阻害する実験をしたところ、IL-6やPDGFを阻害することでPAH病態の改善がみられた。以上の結果から、肺胞マクロファージにおけるRegnase-1は「IL-6、PDGFのmRNA分解を介してPAH病態を負に制御している」ということが明らかになった。

Regnase-1の発現量や機能の制御などによるPAHの新規治療開発目指す

今回の研究で作製したRegnase-1欠損マウスは、既存のPAHモデルマウスで再現することのできなかった重症PAH患者の肺動脈病理像を再現し、膠原病性PAH患者に合併することの多い肺静脈閉塞症や心臓の線維化を合併しており、重症PAH、特に膠原病性PAHの病態解明に有用な新規モデルマウスと考えられる。今後、同マウスで膠原病性PAHの病態がさらに解明されると考えられる。

「既存の血管拡張薬では、肺動脈構成細胞の異常な細胞増殖を制御することはできず、新しい治療薬の開発が望まれている。今回、炎症とPAHの関係に着目し、Regnase-1が炎症を抑制する中核となりPAH病態を制御するということを、基礎実験と臨床データの両方を用いて示した。今後はRegnase-1の発現量や機能を薬剤的に制御する手法を開発するとともに、PAHの新規治療につなげていきたいと考えている」と、研究グループは述べている。

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