皮膚から発生するストレスガス、日常的な監視で健康状態の把握や疾病の予防に役立つ可能性
産業技術総合研究所(産総研)は8月25日、緊張によるストレスで皮膚から発生するガス物質(ストレスガス)であるアリルメルカプタンを識別できるセンサーアレイを開発したと発表した。ストレスケア分野での貢献が期待されるという。この研究は、同研究所極限機能材料研究部門電子セラミックスグループの崔弼圭研究員、増田佳丈研究グループ長らの研究グループによるもの。研究成果は、「Scientific Reports」に掲載されている。
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コロナ禍における社会環境の大きな変化を余儀なくされる中、ストレスケアに対するニーズが高まっている。緊張等で皮膚からストレスガスが発生し、その成分としてアリルメルカプタン、ジメチルトリスルフィド、などが知られている。これらの発生を日常的に監視することで、健康状態の把握や疾病の予防に役立つと期待されている。しかし、ガスクロマトグラフィー質量分析(GC/MS)や濃縮装置を併用した従来の分析法は大型の装置が必要であり、測定時間も長いためリアルタイム計測ができない。このような背景のもと、研究グループは、小型で持ち運びができ、住宅や車内など誰もがどこででも使えるガスセンサーデバイスに注目した。
肺がん判定ガスセンサー開発の技術を元に、ストレスケア用のポータブルデバイス開発に着手
研究グループは、これまで主に低濃度の揮発性有機化合物(VOC)を対象とした半導体式ガスセンサーのセンサー材料やデバイスの開発を中心に取り組んできた。特に、酸化セリウムナノ粒子を用いて揮発性硫黄化合物(VSC)用のガスセンサーを開発し、口臭・歯周病向けの歯科用センサーとして実用化した。また、肺がん判定指標となるバイオマーカーガスであるノナナールガス向けのガスセンサーとして、酸化スズナノシートからなるセンサー感応膜を用いたガスセンサーを開発してきた。開発したセンサー感応膜は優れたガス応答特性を示すと共に、この特性がガス反応性の高い酸化スズナノシートの表面構造等に起因することを明らかにした。今回、この技術を元に、皮膚ガス測定によりストレスケアに活用できるポータブルガスセンサーデバイスを目指して、ストレスガスを検知し、かつ他のバイオマーカーガスの中から識別できるセンサーアレイの開発に取り組んだ。
酸化スズナノシートから開発したガスセンサー、アリルメルカプタンに対して優れた応答値
研究では、酸化スズで構成されるセンサー感応膜のナノ構造を制御し、ストレスガスを高感度で検知できるガスセンサーを開発した。具体的にはまず、結晶の成長時間を変えることにより、酸化スズナノシートのサイズを4種類変化させたセンサー感応膜をそれぞれ作製した。このうち、酸化スズナノシートの成長が最も初期段階にあるセンサー感応膜が、ストレスガスであるアリルメルカプタンに対して優れたセンサー応答値(約50ppmで約80)を5秒以内の早い応答速度で示した。ストレスガスの濃度変化に対するセンサー応答値の測定により、検出限界は約200pptと算出された。さらに同濃度の他のバイオマーカーガスに対するセンサー応答値は20程度であり、開発したセンサー感応膜がストレスガスに対する優れたガス選択性を有することが明らかになった。
4種類のセンサー感応膜を組み合わせ、リアルタイムでストレスガスを識別可能に
ストレスガスを他のバイオマーカーガスから識別するため、作製した4種類のセンサー感応膜を組み合わせたセンサーアレイを開発した。開発したセンサーアレイを用いて、ストレスガスおよび各種バイオマーカーガスに対する4種類のセンサー応答値をPCAにより解析した。PCAで得られた第一主成分と第二主成分のプロットにより、ストレスガスは他のバイオマーカーガスとは明確に異なる領域にプロットされた。これにより、開発したセンサーアレイはストレスガスを識別できることが明らかとなった。
開発したセンサーアレイにより、ストレスガスをリアルタイムで識別できることを示すために、測定ガスを空気からストレスガスに変化させた際のセンサーアレイからの応答値をプロットした。その結果、センサーアレイからの応答値は5秒以内に大きく変化し、かつストレスガス中でも安定した応答値を示した。これにより、開発したセンサーアレイを用いて、ストレスガスをリアルタイムで識別(モニタリング)が可能であることが示された。
今後の予定として、「皮膚ガス中に含まれるストレスガスをモニタリング可能なセンサーデバイスの開発を行うことや、本技術を実用化することによりストレスケアなどの健康管理に貢献していく」と、研究グループは述べている。
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