希少疾患だが日本での罹患率は欧州諸国との比較で4倍以上
国立成育医療研究センターは8月25日、国内の多施設共同研究により、小児に好発する脳腫瘍である頭蓋内胚細胞腫瘍に関するゲノムワイド関連解析(GWAS)を世界で初めて実施し、BAK1遺伝子領域における遺伝子多型が疾患リスクに関わることを明らかにしたと発表した。この研究は、大阪大学大学院医学系研究科の曽根原究人大学院生(遺伝統計学)、岡田随象教授(遺伝統計学/理化学研究所生命医科学研究センターシステム遺伝学チームチームリーダー/東京大学大学院医学系研究科遺伝情報学教授)、順天堂大学大学院医学研究科の市村幸一特任教授、埼玉医科大学国際医療センターの西川亮名誉教授、国立成育医療研究センターの寺島慶太診療部長らの研究グループによるもの。研究成果は、「Nature Communications」に掲載されている。
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頭蓋内胚細胞腫瘍は小児期〜青年期にかけて多く見られる脳腫瘍であり、日本における小児脳腫瘍のうち2番目に多く、約12%の割合を占める。同疾患は日本における年間罹患率が100万人あたり3人未満の希少疾患である一方で、この値は欧州諸国と比較すると4倍以上に相当する高い値であり、罹患率に著しい地域差がある点が特徴的だ。同疾患は、より頻度の高い、精巣に生じる胚細胞腫瘍と病理組織学的に類似することで知られ、共通の生物学的背景が提唱されている。しかし、精巣胚細胞腫瘍は欧州諸国においてアジア諸国の2倍以上の罹患率を示すように、2つの疾患は罹患率の地域差に関しては正反対の関係にあり、実際に発症メカニズムを共有しているのか結論は出ていない。
頭蓋内胚細胞腫瘍患者133名のゲノムデータでGWAS実施
上述の罹患率の低さが臨床検体の収集を困難にするのに加え、罹患率の著しい地域差が国際的な共同研究を実施する上で障壁となってきたことで、頭蓋内胚細胞腫瘍に関する生物学的基盤の大部分は明らかになっていない。特に、遺伝的素因が発症リスクに及ぼす影響に関して、ヒトゲノム全体に亘った網羅的な研究はこれまで報告がなかった。
そこで今回、研究グループは頭蓋内胚細胞腫瘍の遺伝的な発症リスクを解明するために、日本全国の多施設共同プロジェクトとして臨床検体の収集を行うことで、133名の頭蓋内胚細胞腫瘍患者のゲノムデータを収集。この過去最大規模の患者ゲノムデータと健常対照者群との間で、ヒトゲノム全体に亘る遺伝子多型を網羅的に比較検討するゲノムワイド関連解析を実施した。
「BAK1遺伝子近傍の4塩基の欠失多型」が、発症リスクと最も強く関連
その結果、発症と強く関連する遺伝子領域を6番染色体上に発見。関連領域は、6番染色体短腕の主要組織適合遺伝子複合体領域(major histocompatibility complex:MHC領域)に見られた。そのため、研究グループは機械学習手法HLA imputation法を用いてMHC領域中のHLA(human leukocyte antigen)遺伝子配列を推定し、発症リスクとの関連を詳細に検討した。その結果、同疾患の発症リスクと最も強く関連するのはHLA遺伝子配列ではなく、細胞のアポトーシス調節因子であるBAK1遺伝子の近傍に位置する4塩基の欠失多型であることがわかった。
この欠失多型はBAK1遺伝子に隣接したエンハンサー上に存在しており、GTExプロジェクトの公開データを利用したところ、発症リスクとなる塩基の欠失が人体の幅広い組織においてBAK1遺伝子の発現量を減少させることがわかった。研究グループは今回のリスク遺伝子多型が位置するエンハンサー配列に関して培養細胞株を用いたレポーターアッセイを行い、発症リスクとなる塩基の欠失がエンハンサー活性を減弱させることを実験的にも証明した。
精巣胚細胞腫瘍リスク遺伝子多型、頭蓋内胚細胞腫瘍でも類似のリスクを示す
さらに、研究グループは頭蓋内胚細胞腫瘍と病理組織学的に類似していることで知られる精巣胚細胞腫瘍のゲノム解析データと同研究で得られたデータを比較。精巣胚細胞腫瘍において報告されているリスク遺伝子多型は、頭蓋内胚細胞腫瘍においても類似のリスクを示すことがわかり、これら2種類の異なる臓器に生じる胚細胞腫瘍の間で遺伝的背景が共有されていることが実証された。
頭蓋内胚細胞腫瘍の発症メカニズム解明に期待
今回の研究は頭蓋内胚細胞腫瘍について、遺伝子多型がどのように発症リスクに寄与するのか網羅的に解析を行った初めての研究となる。同研究が特定したBAK1遺伝子領域との関連は、頭蓋内胚細胞腫瘍の発症メカニズムの解明への足がかりとなることが期待される。
さらに、同研究が実証した頭蓋内胚細胞腫瘍と精巣胚細胞腫瘍の遺伝的リスクの類似性は、頭蓋内胚細胞腫瘍のみに留まらない胚細胞腫瘍全般における発症メカニズムや病態の理解に資することが期待される、と研究グループは述べている。
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・国立成育医療研究センター プレスリリース