プロジェニター細胞の働きや、後縦靱帯骨化症への関与は不明だった
東京大学は8月20日、腱・靱帯が障害を受けた際に出現する新規のプロジェニター細胞を発見したと発表した。この研究は、同大大学院医学系研究科の立花直寛(医学博士課程、研究当時)、田中栄教授、齋藤琢准教授らのグループによるもの。研究成果は、「Science Advances」オンライン版に掲載されている。
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腱・靱帯損傷後の修復過程では、軟骨や骨のような組織が生じてしまい、腱・靱帯の機能を大きく損なうことがある。これまでの研究から、腱や靱帯にはプロジェニター細胞が存在し、腱・靱帯が損傷された後の修復を担っていることが知られていた。これらのプロジェニター細胞は腱・靱帯のみならず、軟骨や骨に分化する能力も持っていることから、修復過程で誤って軟骨や骨ができてしまうのは、これらのプロジェニター細胞が誤った方向に分化してしまうからだと推測されてきた。しかし、実際の修復過程で、これらのプロジェニター細胞が、軟骨や骨に分化しないように制御し、適切に腱・靱帯に分化するように誘導するメカニズムは不明だった。
一方、靱帯が骨化する疾患の代表として「後縦靱帯骨化症」が知られている。後縦靱帯骨化症については、ゲノムワイド関連解析によっていくつかの原因遺伝子が見つかっており、そのうちの一つが「RSPO2」だった。RSPO2はWNTシグナルを活性化する分泌タンパクであり、RSPO2がWNTシグナルを介して靱帯が軟骨や骨に変わるのを抑制していると考えられてきたが、どのような細胞がRSPO2を分泌し、どのような細胞に作用するのかについては、不明のままだった。
プロジェニター細胞がRSPO2を介して軟骨・骨に分化するのを防止、腱・靱帯への分化を誘導
マウスのアキレス腱を針で穿刺すると、その修復過程において本来できてはならない軟骨や骨が腱の一部分に生じる。研究グループはこのモデルを用いて、1細胞ごとに発現遺伝子を解析するシングルセル解析を行い、修復過程に関わる細胞を全て解析した。その結果、プロジェニター細胞集団の中に「RSPO2」を発現する一群がいることを発見した。
さらに、シングルセル解析データを数理解析したところ、このプロジェニター細胞は最も未分化な特性を持つプロジェニター細胞であり、主にRSPO2の分泌を介して周囲の細胞に作用することが予想された。そこで、RSPO2を抗体でブロックして機能を抑制したところ、腱修復過程での軟骨・骨が増え、逆にRSPO2を豊富に発現させると腱修復過程での軟骨・骨が減ることが判明。培養細胞を用いた実験なども行ったところ、このプロジェニター細胞がRSPO2を介して周囲の細胞に作用し、軟骨や骨に分化するのを防ぎ、適切に腱・靱帯に分化するよう誘導していることが確認された。
RSPO2を分泌するプロジェニター細胞が「後縦靱帯骨化症」の発症に関与
次に、RSPO2を分泌するプロジェニター細胞と後縦靱帯骨化症との関連を調べた。まず、マウスの後縦靱帯を調べたところ、RSPO2は豊富に発現していた。続いて、後縦靱帯骨化症患者の手術の際に切除したサンプルを解析したところ、骨化靱帯の周辺にRSPO2が発現していた。また、後縦靱帯骨化症患者由来の細胞では、他の疾患の患者由来の細胞と比べてRSPO2の発現量が低いことがわかった。
これらのことから、RSPO2を分泌するプロジェニター細胞が、後縦靱帯骨化症の発症にも関わっていることが明らかになった。
さまざまな関節や脊椎の変性疾患のメカニズム解明につながる可能性
このRSPO2を分泌するプロジェニター細胞は、後縦靱帯骨化症以外にもさまざまな腱・靱帯の疾患に関わっている可能性がある。変形性関節症や変形性脊椎症は関節の軟骨や椎間板が変性する疾患だが、その始まりは関節や脊椎を支持している靱帯の緩みであることが一部で推定されており、同研究で同定したRSPO2を分泌するプロジェニター細胞が関節や脊椎の疾患に広く関与している可能性も考えられる。
「本研究の成果は、さまざまな関節や脊椎の変性疾患のメカニズム解明にもつながる成果と期待される。現在、さまざまな疾患における腱・靱帯のシングルセル解析を進めており、この成果を皮切りに、加齢に伴う関節や脊椎の疾患の発症メカニズムを広く解明し、予防法や治療法の開発につなげたいと考えている」と、研究グループは述べている。
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