多くの施設で、がんの見落としや過剰診断のリスクを抱える「一人病理医」状態
日本病理学会は8月12日、胃生検の病理診断を支援する病理診断支援AIを開発し、効果的に腫瘍の有無を判定かつ画像上で存在部位を特定することが可能となったと発表した。この研究は、同学会、国立情報学研究所、東京大学らの研究グループによるもの。研究成果は「Cancer Science」に掲載されている。
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がんの診断確定には、病理医による顕微鏡での病理診断が必須であるが、日本では病理医が不足し、常勤病理医のいる約700の病院のうち、約300施設では常勤病理医は1名のみの、いわゆる一人病理医である。このような状況下で勤務する病理医は、診断のダブルチェックが困難で、がんの見落としあるいは過剰診断のリスクを抱えながら働いている。
病理診断のダブルチェックを行うAIの開発への取り組みが進められている
一方、近年のAI技術の進歩は著しく、深層学習、特に畳み込みニューラルネットワークは画像識別に優れた能力を発揮し、放射線画像や内視鏡画像等の医用画像分野への応用も進んでいる。ただし、病理診断に用いる顕微鏡画像は高解像度で、病理組織デジタル画像の情報量は桁違いの大きさである。研究グループは、日常病理診断で最も頻度の高い検体である胃生検を対象に、病理診断のダブルチェックを行うAIの開発に取り組んできた。このようなAIを開発できれば、一人病理医など過重な業務にあたる病理医の負担軽減、診断向上に役立ち、また遠隔病理診断ネットワークに組み入れることでがん医療の均てん化を促進できると考えた。病理医とAIの診断が不一致となり、病理医が再度見直して判断する症例の数を全症例の10%未満に抑えるため、一致率90%以上を開発の目標とした。
4,605個の胃生検組織データを病理診断AIで学習、施設間較差についても検証
研究グループは、開発の出発点として、一つの施設から収集した4,605個の胃生検組織片の高倍率顕微鏡画像を、プレパラートの上をレンズが動きながら連続的に撮影する特殊なスキャナーでデジタル化した。この病理組織デジタル画像を用い、病理医が個々の組織片に対して腫瘍・非腫瘍の範囲を特定して囲んだ学習データを作成し、開発した病理診断AIに学習させた。
次に、学習データとは異なる2,534個の組織片(内部データセット)を用い、病理診断AIの性能を確認した。さらに、病理標本の染色の色合いやデジタル化に用いるスキャナーの種類は医療機関ごとに異なるため、全国10施設から計3,450個の組織片の病理画像を収集し、外部データセットとしてAIの性能の施設間較差を検証した。今回の研究開発に利用したデジタルデータの格納、およびAIの開発に必要な計算処理はRCMBが運用するクラウド基盤で行われた。
新しく開発された機械学習手法により、がんと非腫瘍の判定で90~97%の精度
病理画像はフルカラーかつ超高解像度であるため、胃生検のような数ミリ程度の小さな組織片であっても画像データ容量は大きく、組織片の画像そのものを多数、機械学習に用いるとコンピュータの処理能力を容易に越えてしまう。そこで通常、画像を細かい正方形のパッチ(一辺256ピクセル、116µm)に分割し、AIモデルの学習や評価に用いる。この際、細かいパッチに分割してがんか否かの判定を行うアルゴリズムを使うと、画像全体のうち1か所でも偽陽性のパッチがあると組織片全体が「陽性」と判定されてしまい不安定となる。
そこで今回、研究グループは新しい機械学習手法である「multi-stage semantic segmentation for pathology(MSP)法」を開発した。MSP法では個々のパッチ画像から特徴量を抽出し、元の病理画像における特徴量の分布も学習するため、病理画像を大幅に圧縮した形で、画像全体におけるパッチの位置情報を失うことなく機械学習を行うことができるという。あたかも病理医が顕微鏡の低倍率での俯瞰的把握と、高倍率での詳細な観察を組み合わせて病理診断を下すことを模倣しているかのような方法だ。
MSP法を用いた場合、従来法で偽陽性を示すパッチが散在する非がん症例であっても、正しく全体を非がんと判定することができた。結果として、がんと非腫瘍の判定で、MSP法は病理医の診断との一致率94.8%(内部データセット)を達成した。また10施設の外部データセットでも94.6%±2.3%(最小90.4%、最大97.4%)となり、従来法より優れた成績が得られた。MSP法は多施設に適用した場合に施設間較差の影響を受けにくく、安定した手法であることが実証された。
胃生検以外の病理診断支援AIも開発中、病理医の負担軽減や遠隔病理診断ネットワークにも
今後の方向性として、研究グループは医療現場に病理診断支援AIを導入するためにプログラム医療機器としての薬事承認取得を目指しているという。同時に胃生検以外の病理診断支援AIも開発中である。また、研究で収集された種々の臓器の病理組織デジタル画像をAI開発に用いることができるように、「日本病理学会デジタル画像データベース」として公開する準備を進めているという。「今回開発されたAIを病理診断の現場で用いることにより、病理診断のダブルチェックを支援し、一人病理医を初めとする多忙な病理医の負担軽減につながり、がん医療を確実なものにすることができる。さらに遠隔病理診断ネットワークに組み入れることでがん医療均てん化の推進が期待される」と、研究グループは述べている。
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・日本病理学会 プレスリリース