海馬歯状回の「脱成熟」が抗うつ作用において重要、その機序には不明点
久留米大学は8月12日、脳で働く伝達物質ドパミンの受容体を、ノルアドレナリンが活性化することにより、抗うつ薬の効果が増強されることをマウスを用いた実験により発見したと発表した。この研究は、同大医学部薬理学講座の西昭徳教授らの研究グループと、日本医科大学薬理学の小林克典准教授らの研究グループ、東京理科大学の瀬木(西田)恵里教授との共同研究によるもの。研究成果は、「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」のオンライン速報版に掲載されている。
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うつ病の治療には抗うつ薬が広く用いられるが、その作用メカニズムの詳細については不明な点が残されている。また、抗うつ薬が有効な治療効果を示さない場合も多く見られ、その理由も明らかではない。実験動物を用いた研究によって、抗うつ薬の作用には、海馬の歯状回が重要な役割を果たすことが報告されている。
研究グループはこれまでに、歯状回の神経細胞が見かけ上若返る「脱成熟」という特殊な神経可塑性が、抗うつ作用の基盤であることを提唱している。この脱成熟を含む、抗うつ薬による歯状回の変化には、ドパミンのD1受容体が寄与することがわかっていた。しかし、海馬にはドパミンを放出する神経線維が少なく、ドパミン量も少ないため、ドパミンによって受容体が十分に活性化されるか明らかではなかった。
生理的に妥当な濃度のノルアドレナリンが海馬のD1受容体を活性化
研究グループは、海馬に多く存在するノルアドレナリンがD1受容体を活性化する可能性に着目した。これまでD1受容体の活性化には非常に高濃度のノルアドレナリンを必要とすると考えられていた。しかし今回、脳切片標本を用いた電気生理学、生化学解析によって、生理的に妥当な濃度のノルアドレナリンが海馬のD1受容体を活性化することを発見した。この作用は海馬の中でも歯状回の神経細胞で顕著に見られ、運動や神経細胞の活動によってD1受容体が変化することによって、ノルアドレナリンの作用が増強されることもわかった。一方、D1受容体が多く存在する線条体ではノルアドレナリンによるD1受容体の活性化は見られなかった。このことから、ノルアドレナリン-D1受容体シグナル(以後、NA-D1シグナル)は海馬において特別な役割を持つものと考えられた。
ストレスをかけたマウスに運動させるとNA-D1シグナル増強
次に、ストレスをかけたマウスを用いて、抗うつ薬の作用におけるNA-D1シグナルの役割を検討した。ストレスのみではNA-D1シグナルに大きな変化は見られなかったが、ストレスをかけたマウスに運動させるとNA-D1シグナルが非常に強く活性化された。
抗うつ薬効果増強にD1受容体がノルアドレナリン高活性化状態に変化することが重要な可能性
このマウスにノルアドレナリン取込阻害作用を持つデシプラミンという抗うつ薬を投与したところ、歯状回神経細胞の脱成熟が誘導された。この脱成熟はD1受容体の遮断によって抑制され、NA-D1シグナルが弱い条件では起きないため、NA-D1シグナルの強度が脱成熟誘導を調節すると考えられた。ストレスをかけるとマウスの自発活動量が低下するうつ病様の行動変化が見られたが、脱成熟誘導に伴って活動量の低下が回復することも確認された。以上より、D1受容体がノルアドレナリン高活性化状態に変化することが、抗うつ効果を高めるスイッチとして機能することが示唆された。
NA-D1シグナルの調節機構の解明によるうつ病治療と予防法の改善に期待
今回の研究によって、ノルアドレナリンによるドパミンD1受容体の活性化の強さが、抗うつ薬の効果を決定することが示された。鍵となるノルアドレナリン高活性化型D1受容体は、D1受容体と他の受容体との複合体の可能性が示唆されている。今後、分子実体が解明されれば、この受容体を標的としたうつ病治療薬の開発が可能になると考えられる。また、NA-D1シグナルの強化がうつ病予防になる可能性があり、既存の抗うつ薬が効果を示さない場合の増強療法への応用も考えられる。「ストレスや運動以外にもNA-D1シグナルに影響する環境、栄養学的要因などがあると予想され、このようなNA-D1シグナルの調節機構の解明が、うつ病治療と予防法の改善につながると期待される」と、研究グループは述べている。
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・久留米大学 研究成果