自閉症モデルマーモセット、ヒト自閉症の特徴「視線が合わない」を再現
国立精神・神経医療研究センター(NCNP)は7月28日、自閉スペクトラム症(以下、自閉症)モデルマーモセットが、子どもの時に大人のマーモセットを見ている時間と、成長後の自閉症様症状の間に強い相関があることを見出したと発表した。この研究は、同研究センター神経研究所微細構造研究部の中神明子研究員、安江みゆき研究員、一戸紀孝部長、名古屋大学情報学研究科川合伸幸教授の研究グループによるもの。研究成果は、「Frontiers in Psychiatry」オンライン版に掲載されている。
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自閉症は小児の44人に1人に認められる頻度の高い発達障害で、社会性・コミュニケーションの障害とくりかえし行動・固執性、感覚過敏が特徴だ。自閉症はうつ病、睡眠障害、胃腸障害などの二次障害を伴うことも多く、失業率の高さなどから社会的にも大きな問題となっている。しかし、いまだに確立された治療法はない。これまで自閉症の早期行動介入法の有効性が示されてきたが、現在の行動療法は効果が個々人で一貫せず、より標準的で有効な治療法の開発が望まれている。そのためには、さまざまな小児期の自閉症の症状の中で、介入対象とするべき症状を明らかにすることが重要と考えられる。
研究グループは2021年にヒトの自閉症と病態が極めて近い自閉症モデルマーモセット(新世界ザル)を開発し、成果を発表した。マーモセットはアイコンタクトを行って社会行動をとるため、この自閉症モデルマーモセットはヒト自閉症の特徴である「視線が合わない」を再現できる。これは、ヒトよりも社会性がよわく、機能的にも目が横に位置し、目を合わせないマウス・ラットと対照的だ。
今回の研究では、小児の自閉症兆候の「目が合わない」「まわりの人を見ない」などの症状は、まわりで起こる社会行動・交流の様子をつぶさに観察する機会を減らし、社会生活に必要な社会脳の発達を正常から逸脱させるという仮説を立てた。
自閉症モデルマーモセット、対照と比べて大人を見る時間が半分以下に低下
マーモセットは両親からコミュニケーションの手法を学び、マーモセット社会で生きるためのスキルを獲得する。そこで研究グループは、小児期の自閉症モデルマーモセットが他の大人を見る時間を調べ、成長後に現れる高度な社会性の障害や固執的行動との関連を調べた。
小児期のマーモセットが3チャンバーテストで、透明な筒の中の大人のマーモセットを見る時間を測定。その結果、自閉症モデルマーモセットは対照のマーモセットに比べて大人を見る時間(社会的注意)が半分以下に低下していることがわかった。これは自閉症の小児において最初に気づかれる兆候をよく再現していると考えられる。
自閉症モデルマーモセットの固執的行動、小児期の社会的注意の障害と強い相関を示す
この自閉症モデルマーモセットが成長後、2つの高度な社会性試験を実施。その結果、自閉症モデルマーモセットは、他者同士の交流の観察によって、交流当事者の利己性を判断する能力に障害を来すことがわかった(第3者互恵性判断)。また、自閉症モデルマーモセットは、パートナーが自分よりもよい報酬をもらっていても自分のタスクをしっかり遂行することがわかった(不公平忌避)。これらの自閉症モデルマーモセットの行動的特徴は自閉症で報告されている特徴とよく類似する。これらの障害の程度と、小児期の社会的注意の低下の間には強い相関が見られた。
さらに、成体の自閉症モデルマーモセットの行動の柔軟性を検討。方法として、逆転学習テストを採用し、マーモセットは最初に右左どちらかの蓋の下にエサが隠されているかを学習する。エサをほぼ確実にとれるようになったら、エサを逆の蓋の下に移して、エサの場所を再び、学習させる。自閉症モデルマーモセットは最初のエサの場所を健常マーモセットよりも早く覚えたが、エサの場所が逆転するとエサの場所の学習が遅くなった。これは、自閉症の方が時に示す高い記憶力と、習慣へのこだわり・固執と類似の行動特徴と考えられる。自閉症モデルマーモセットのこだわり的な特徴は、やはり小児期の社会的注意の障害と強い相関を示した。
早期に周囲のヒトへ視線を向けることが早期自閉症治療となる可能性
同研究の結果は、自閉症小児の社会的注意の障害が、その後の社会脳の発達を障害する可能性を示唆している。同時に、自閉症の早期に周囲のヒトへ視線を向けるようにすることが、早期治療の対象となる可能性を示す。今後、自閉症モデルマーモセットを用いた早期治療介入法の開発が期待される、と研究グループは述べている。