精神神経疾患でタスクスイッチ課題の成績が低下する原因は不明だった
山梨大学は7月19日、ルールに基づいた柔軟な判断の障害が、判断の形成に重要とされる「頭頂葉神経細胞」の活動変容により生じていることを明らかにしたと発表した。この研究は、同大生理学講座 統合生理学教室の須田悠紀特任助教と宇賀貴紀教授によるもの。研究成果は、「Communications Biology」に掲載されている。
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タスクスイッチ課題は2つの異なる判断課題をランダムに行うため、マウスなどのげっ歯類に適用することは難しく、ヒトに代表される霊長類固有の高度な判断機能について調べることが可能だ。同課題では、異なる複数の情報を持つ視覚情報から、状況に応じて適切な情報を元に判断することが求められる。
一方、精神神経疾患でタスクスイッチ課題の成績が低下することが報告されているが、判断に必要な情報に注目できないのか、不必要な情報に惑わされやすくなっているのか、さらに、その障害が判断に関わる脳領野のどのレベルで生じているのかは不明だった。しかし、同課題の成績低下が生じるプロセスと背景にある神経メカニズムを理解するためには、ヒト同様の高度な判断機能を有する霊長類サルを用いて、同課題の成績が低下している際の神経活動を詳細に調べる研究が必要だった。
ケタミン投与ザル、判断能力低下の原因は「判断に不必要な情報に惑わされやすくなる」
研究グループは、注視点の色に応じて、目の前に出現する視覚情報の運動方向(上か下か)、あるいは奥行き(奥か手前か)のどちらかを答えなくてはならないタスクスイッチ課題をニホンザルに訓練し、ケタミンを低用量投与することで、タスクスイッチ課題の成績低下を引き起こした。ケタミンはNMDA受容体を阻害する働きを持ち、ヒトへの低用量投与が精神病様症状を引き起こすことが報告されている。
サルへのケタミン投与により、判断を形成するのに重要な頭頂葉の神経細胞の活動がどのように変化しているのか調べた。その結果、運動方向を答えなくてはならない時に、サルの頭頂葉の神経細胞は、奥行きの情報に対して活動しやすくなっていた。このような変化は運動方向の情報に対しては見られなかったため、タスクスイッチ課題の成績低下は、判断に不必要な情報に惑わされやすくなることで生じたと考えられた。
頭頂葉を中心とする判断の形成過程に関わる神経活動が変化
また、薬物投与によって、サルが課題を答えるまでの時間が遅くなったが、頭頂葉の神経細胞の活動タイミングも遅れることを確認した。これら神経細胞の活動変化は、動きや奥行きを表現する後頭葉の神経細胞では確認できなかったことから、タスクスイッチ課題の成績低下は、頭頂葉を中心とした判断の形成過程に関わる神経活動の変化により生じていることを初めて見出した。
精神神経疾患の新しい診断・治療法開発への応用に期待
今回の研究により、ケタミン投与に伴うタスクスイッチ課題の成績低下が、判断に関わる神経活動の変容によって生じることが明らかにされた。柔軟な判断が必要とされるタスクスイッチ課題は、ヒトに代表される高度な判断機能を調べることができる課題であり、精神神経疾患との関連性も報告されている。また、ケタミンはNMDA受容体の拮抗薬であることから、判断に関わる領野への局所投与実験を進めることで、判断が障害されるメカニズムを分子レベルで調べることも可能だ。
「柔軟な判断を可能にする神経メカニズムの理解が進むことで、精神神経疾患の新しい診断や治療の開発に役立つことが期待される」と、研究グループは述べている。
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・山梨大学 プレスリリース