ストレスなどに関わる外側手綱核から背側縫線核への神経投射の関与を調査
筑波大学は7月21日、外側手綱核から背側縫線核への投射ニューロンが、他者から何らかの挑発(社会的挑発)を受けることで活性化することを見出したと発表した。この研究は、同大人間系の高橋阿貴准教授、慶應義塾大学医学部の田中謙二教授、東北大学大学院生命科学研究科の常松友美助教らの研究グループによるもの。研究成果は、「Nature Communications」に掲載されている。
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衝動的な攻撃行動の多くは、悪口を言われた、にらまれた、危険運転をされたなど、社会的挑発を受けたと感じたときの応答として生じる。社会的挑発が攻撃行動を増加させるという現象は、魚からげっ歯類まで、さまざまな動物において観察されている。マウスにおける社会的挑発モデルでは、雄マウスのなわばりの一角にライバル個体を直接攻撃できないようカゴの中に入れ、ライバル個体が見えているのに攻撃できない状態にしばらく置くと、攻撃的覚醒が高まり、その後の攻撃行動が過剰になることが知られている。
研究グループはこれまでに、社会的挑発により攻撃行動が増加するメカニズムとして、脳内の背側縫線核におけるグルタミン酸入力が関与することを明らかにしてきた。背側縫線核にはさまざまな脳領域からグルタミン酸の入力が行われている。そこで研究グループは今回、不快情動やストレスに関わる外側手綱核から背側縫線核への神経投射(神経信号の受容)の関与について調べた。
雄マウスのLHb-DRN投射ニューロンは「挑発攻撃」でのみ活性化
雄マウスは「なわばり性」を持つため、なわばりに別の雄が入ってくると、ある程度の攻撃行動を示す。しかし、事前に社会的挑発を行うと、攻撃行動の出現時間や頻度が、通常時の2倍近く増加する。今回の研究では、社会的挑発を行った後の攻撃行動(挑発攻撃)と、挑発を行わない通常時の攻撃行動(通常攻撃)の違いを調べることで、社会的挑発により攻撃行動が激しくなるメカニズムを調べた。
その結果、外側手綱核(LHb)から背側縫線核(DRN)への神経投射(LHb-DRN投射ニューロン)は、挑発攻撃のときに活性化するのに対し、通常攻撃の時には活性化していないことが判明。そして、人為的にLHb-DRN投射ニューロンの神経活動を活性化させると、雄マウスの攻撃行動は通常攻撃よりも増加することも明らかになった。
LHb-DRN投射ニューロンは、社会的挑発で攻撃行動が増加するときに関与
続いて、LHb-DRN投射ニューロンの神経活動を人為的に抑制して働かないようにすると、社会的挑発を行っても攻撃行動が通常攻撃と変わらない程度に低下した。ただし、LHb-DRN投射ニューロンの抑制は、通常攻撃には影響がなかった。つまり、LHb-DRN投射ニューロンは、通常攻撃には関与しないが、社会的挑発により、攻撃行動が増加するときに関与していることが示された。
外側手綱核から背側縫線核への入力が攻撃行動の昂進に関与
背側縫線核には、セロトニンを産生するニューロンが多く存在しているが、それ以外のニューロンもある。これまで、外側手綱核からの入力が背側縫線核のどのニューロンを活性化し、攻撃行動を過剰にするのかは不明だった。しかし同研究から、背側縫線核のセロトニンニューロンの活動を抑制しても、社会的挑発の効果には影響がないことが明らかになった。一方で、腹側被蓋野に投射する背側縫線核ニューロンを活性化すると、攻撃行動が昂進することが明らかになった。
このことから、外側手綱核からの投射ニューロンは、腹側被蓋野に投射する背側縫線核の非セロトニンニューロンを活性化することで、攻撃行動を増加させることが示された。
攻撃が過剰になるメカニズムの解明は、人間の暴力問題の理解につながる可能性
雄マウスにとって攻撃行動は、なわばりを守るために役立つ行動だが、必要以上の攻撃を示すことはリスクが高くなるだけで、適応的とは言えない。「攻撃行動を適切な量に抑えることができず、必要以上に過剰になってしまうメカニズム」を理解することは、人間の暴力問題の理解につながる可能性が期待される。
「本研究では、不快情動やストレスにかかわる外側手綱核から背側縫線核への入力が攻撃行動の昂進に関与することが示された。この神経回路は、ストレスや欲求不満などに起因する苛立ちや怒りの爆発にも関与するかもしれない」と、研究グループは述べている。
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・筑波大学 TSUKUBA JOURNAL