加齢によるY染色体の喪失、疾患との因果性はわかっていなかった
大阪公立大学は7月15日、UKバイオバンク参加者のデータ解析から、加齢にともない血液細胞からY染色体が失われる「Loss of Y chromosome」(mLOY)の男性では、心不全を含むさまざまな心血管病の予後が悪いことを新たに見出し、さらにマウスを用いた基礎的な研究によって、mLOYではY染色体のない心臓マクロファージが出現することが原因となって、心臓の線維化が悪化することがわかったと発表した。この研究は、同大大学院医学研究科循環器内科学の佐野宗一特任講師、ウプサラ大学、バージニア大学の研究者らの共同研究グループによるもの。研究成果は「Science」に掲載されている。
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ヒトの性染色体にはXとYがあり、XYの組み合わせで男性、XXで女性となる。ヒトの体を構成する細胞はどれも同じ遺伝情報を持っており、男性であれば全ての細胞がXY、女性であればXXである。ところが、男性は歳をとると、細胞からY染色体が失われてしまう。これは主に血液細胞で見られ、血液細胞の後天的Y染色体喪失(mLOY)と呼ばれている。なお、血液細胞でY染色体が失われても、男性が女性になるわけではない。血液細胞のmLOYは加齢やたばこによって増加することが知られている。
また、mLOYはヒトにおける最も頻度の高い体細胞変異であり、測定方法によって違いはあるが、70歳の40%、93歳の57%に見られる。最近の研究で、mLOYのある男性は、mLOYのない男性に比べて短命で、またmLOYがあると、アルツハイマー病や固形がん(前立腺がんや大腸がん)、心血管病(心筋梗塞、脳卒中)になりやすくなるとわかった。mLOYとさまざまな加齢性疾患との間に統計学的な関係があることが判明した一方、mLOYが疾患とは直接関わりのない単なる老化現象の一つ(老化マーカー)に過ぎないのか、それともmLOYと疾患との間に因果性があるのかは明らかになっていなかった。そこで研究グループは、mLOYと疾患の因果性およびそのメカニズムの検証を行った。
Y染色体のない細胞が4割以上だと、心血管病による死亡率は1.3倍
今回の研究では、UKバイオバンク参加者のデータを解析し、mLOYと心不全の統計学的な関係性について調べた。その結果、mLOYの割合が1%増加すると、心血管病による死亡率は1.0054倍になることがわかった。さらに、mLOY>40%(Y染色体のない細胞の割合が40%以上)の場合、心血管病による死亡率は1.3倍となり、このカテゴリの中でも特に、高血圧性心疾患は3.5倍、心不全については1.8倍(うっ血性心不全は2.4倍)、大動脈瘤及び解離が2.8倍であった。
しかし、この解析ではmLOYが心血管病の直接的な原因であるかどうかは判定することができないため、研究グループはmLOYと心血管病の因果性を検証するための動物実験を行った。まず、CRISPR/Cas9システムという遺伝子編集法を応用し、血液細胞だけがY染色体を失ったマウス(mLOYマウス)と正常なマウスを用意して両方を心不全状態にした。その結果、mLOYマウスはコントロールマウスに比べて、心不全の経過が悪いことがわかり、mLOYと心不全の因果性が証明された。さらに詳細に解析したところ、心不全になったmLOYマウスの心臓では、心臓線維芽細胞が増殖して組織が線維成分に置き換わり(線維化)、心臓が硬くなっていた。
Y染色体のない心臓マクロファージはTGF-β1の過剰産生により線維化を進行させる
一方で、mLOYマウスとコントロールマウスの違いは血液細胞のみであり、mLOYマウスの線維芽細胞はY染色体を保っているため、その働きは本来、野生型と差がないはずである。そのため研究グループは、mLOYマウスの心不全モデルで見られた線維芽細胞の過度の活性化は、Y染色体を持たない何らかの血液細胞が、線維芽細胞に働きかけたためであると考えた。そこで、Y染色体の有無による血液細胞の働きの違いについて、mLOYマウス、コントロールマウスそれぞれの心臓に集まった白血球に注目して調査したところ、Y染色体のない心臓マクロファージは、正常なマクロファージに比べて、線維化を惹起する性質が強いものが多く、例えばY染色体のない心臓マクロファージはTGF-β1やGAL-3といった線維芽細胞に作用して活性化させる物質を多く産生していた。
これらの結果より、Y染色体を持たない心臓マクロファージが線維芽細胞に働きかけて活性化させることで、線維化を進行させていることが示唆された。最後に、TGF-β1の働きをおさえる中和抗体の投与によって、mLOYマウスとコントロールマウスの心不全の程度に差がなくなるかどうかを検討したところ、コントロールマウスに比べ、mLOYマウスは心不全がより顕著に改善された。
心臓の線維化に加えて、肺、腎などさまざまな臓器の線維化にも関与
今回の研究結果から、血液の後天的Y染色体喪失(mLOY)を呈する男性では、心不全の予後が悪く、mLOYのモデルマウスでは心臓の線維化が進行しやすく、その理由として、Y染色体のない心臓マクロファージによる線維化を引き起こすTGF-β1の過剰産生が関与していることが明らかになった。
組織の線維化は、多くの加齢性疾患に共通して見られる組織学的な特徴である。先進国における死因の45%は線維化関連疾病であり、高齢者の重大な死因である重度の心不全や肺線維症、腎不全にも線維化が大きく関わっている。今回、研究グループは、mLOYが心臓の線維化に加えて、肺、腎などさまざまな臓器の線維化を促進することも明らかにしている。心不全、特発性間質性肺炎、がん、といった線維化が関係する病気に対して、多様な抗線維化治療薬を用いた臨床試験が盛んに行われている。mLOYのある男性は、そういった治療への反応が特に良好な患者である可能性がある。同様に、患者のmLOYの状態を把握することは、特定の病気の高リスク群(病気が悪くなりやすい患者)の発見およびその治療方針の決定に寄与すると期待される。「Y染色体に存在する遺伝子は限られた数しかなく、そのほとんどが生殖細胞にのみ発現しており、血液細胞で発現しているものは数種類しかない。mLOYにより欠失するどの遺伝子が、心不全、線維化の悪化に関係しているのかは今後の研究で明らかにしていきたいと考えている」と、研究グループは述べている。
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・大阪公立大学 プレスリリース