70年前に考案されたステロイドの術前予防投与、リスク軽減効果は十分評価されていなかった
国際医療福祉大学は7月15日、国内の大規模な入院データベースを用いて、約3万5,000症例の食道がん手術症例を解析し、手術日にステロイドを使用した症例は使用しなかった症例と比較して、術後の在院死亡や呼吸不全が有意に少なかったことを示したと発表した。この研究は、国際医療福祉大学の平野佑樹講師、板野理教授、東京大学の小西孝明医師、金子英弘特任講師、康永秀生教授、慶應義塾大学の北川雄光教授、国立がん研究センター中央病院の大幸宏幸科長らの研究グループによるもの。研究成果は「Annals of Surgery」誌にオンライン掲載されている。
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食道がん手術は、手術操作が「くび(頸部)・胸部・腹部」と広範囲におよぶため手術ストレスが大きく、ストレスに対する全身の過剰な炎症反応(全身性炎症反応症候群)が一因となって呼吸不全などの術後合併症を起こすと考えられている。そこで、手術直前にステロイドを投与することで、こうした過剰な炎症反応を抑える方法が日本で考案された。ステロイドは炎症を抑える効果がある薬剤で、発見されてから70年ほどたち、世界中で安価に使用することができる。1990年代に日本国内で8つの小規模な臨床試験が実施され、その結果をまとめた346症例のメタ分析によって、ステロイドの術前予防投与が食道がん術後の合併症リスクを軽減することが示唆された。そのため、日本の食道がん診療ガイドラインでは術後合併症予防目的でステロイドの術前予防投与が「弱く推奨」されている。しかし、根拠となった研究はいずれも小規模であり、その有用性は特に海外では議論の的となっていた。また過去の臨床試験は全て開胸手術が対象だったので、近年世界的に普及している低侵襲な胸腔鏡下手術でステロイドがどの程度有効であるか不明であり、過去の研究では術後在院死亡に与える影響は十分に評価できていない。そのため、研究グループは、日本の医療ビッグデータを用いてステロイドの術前予防投与と食道がん術後の在院死亡や呼吸不全との関連を調査した。
コルチコステロイドの使用で在院死亡、呼吸不全、重症呼吸不全が有意に「少」
今回の研究では、厚生労働科学研究DPCデータ調査研究班のDPCデータベースを用いて、2010年7月から2019年3月に食道がんに対して食道切除再建術を施行した3万5,501例を解析対象とした。そのうち、手術日にコルチコステロイドを使用した症例は2万2,620例(63.7%)であり、在院死亡、呼吸不全、重症呼吸不全をそれぞれ924例(2.6%)、5,440例(15.3%)、2,861(8.1%)に認めた。これらのデータから年齢や併存疾患などの背景因子を調整した解析(逆確率による重み付け法)を行ったところ、コルチコステロイドを使用した症例で在院死亡、呼吸不全、重症呼吸不全が有意に少ないことが明らかになり、オッズ比はそれぞれ0.80(95%信頼区間0.69–0.93、P値=0.003)、0.84(95%信頼区間0.79–0.90、P値<0.001)、0.87(95%信頼区間0.80–0.95、P値=0.002)だった。他の統計学的解析方法(傾向スコアマッチング、操作変数法、多変量ロジスティック解析)でも同様の結果であることを確認した。さらに、胸腔鏡手術に絞った解析でもコルチコステロイドが有効という結果となったという。
術後の呼吸不全だけでなく、在院死亡リスクを軽減できる可能性も示した
これまで、1990年代に日本で開発された食道がん手術に対するステロイドの術前予防投与の有用性のエビデンスは十分ではなかった。今回の結果から大規模なリアルワールドデータを用いて解析することで、食道がん術後の呼吸不全だけではなく、在院死亡のリスクまで軽減できる可能性を世界で初めて示すことができたという。「ステロイドは古くからある安価な薬で、世界中で使用できる。さらには、近年普及している胸腔鏡を用いた食道がん手術においても有意義であると考えられる。本研究成果が、日本だけではなく、世界の食道がん手術の成績向上につながると期待される」と、研究グループは述べている。
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