慢性疼痛の根治療法は未確立
生理学研究所は7月19日、神経障害性疼痛(慢性疼痛)の新たな治療戦略を明らかにしたと発表した。この研究は、同研究所の鍋倉淳一所長、名古屋大学医学研究科分子細胞学の竹田育子助教(研究当時:生理学研究所研究員)、九州大学大学院薬学研究院の津田誠教授、山梨大学医学部薬理学講座の小泉修一教授、北里大学医療衛生学部の江藤圭講師らの研究グループによるもの。研究成果は、「Nature Communications」に掲載されている。
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慢性疼痛は、急性疾患後に耐えがたい痛みが続く難治性疾患。通常、触覚を伝える神経回路と痛覚を伝える神経回路は分かれているが、神経障害性疼痛では、外傷、糖尿病、ヘルペスウイルスなど、さまざまな原因により末梢神経が障害を受けることで、神経回路の編成が起こり、触っただけで痛いと感じる痛覚関連神経回路が形成されている状態と考えられている。しかし、通常の鎮痛薬では効果が乏しく、リハビリテーションや経頭蓋直流電気刺激などを組み合わせた治療が行われているものの、その根治療法はいまだ確立されていない。
そこで研究グループは今回、脳内の細胞の一種「アストロサイト(グリア細胞)」に注目し、新たな治療法の開発に取り組んだ。アストロサイトはシナプスの形成・除去に作用し、神経回路を組み換えるために重要と考えられている。
アストロサイトの活性化で、長期に渡りモデルマウスの慢性疼痛を改善
研究では、神経障害性疼痛モデルマウスにおいて末梢神経からの疼痛入力を薬剤で一過性に抑えた状態で、一次体性感覚野のアストロサイトを経頭蓋直流電気刺激や人工的受容体の一種「DREADD(Designer Receptors Exclusively Activated by Designer Drugs)」により、人為的に活性化させた。その結果、治療中のみならず治療後長期間に渡り、疼痛改善効果の持続が確認されたという。
疼痛入力の抑制状態でアストロサイトを活性化させると疼痛関連回路の編成が組み変わる可能性
この作用機序を神経回路の観点から探ったところ、アストロサイトの活性化により、一次体性感覚野の神経回路のつなぎ目であるスパインが除去されていること、特に疼痛形成の時期にできたスパインが除去されやすいことが明らかにされた。
さらに同結果から、疼痛入力を抑制した状態でアストロサイトを活性化させると、疼痛関連スパインが除去され、疼痛関連回路の編成組み換えが起こっていることが示唆された。組み換えられた一次体性感覚野の神経回路は、異痛症(アロディニア)を起こさない回路になっていると考えられるという。
ヒトに応用可能な慢性疼痛の治療法開発に期待
鍋倉淳一所長は「今回の研究で、痛みに関連した神経回路が人為的操作により組みかわり、回路の編成により痛みが治癒することがわかった。現在、臨床医療において慢性疼痛の治療に使われている薬剤投与と経頭蓋直流電気刺激という2つの手法を組み合わせることによって、より効率的に痛覚過敏を除去できる可能性を示すことができた。個別にはすでに臨床医療で用いられている手法なので、近い将来、ヒトに応用可能な治療法開発につながる成果だと期待できる」と、述べている。
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・生理学研究所 プレスリリース