体に取り込み過ぎると有害となる元素、妊婦の日常的な微量摂取が胎児へ及ぼす影響は?
千葉大学は7月15日、エコチル調査の妊婦の血液と医療記録による調査データを用いて、妊婦の血中元素濃度と新生児の出生時の体格との関連を解析した結果、出生時の体重、身長、頭囲、胸囲のいずれについても、鉛は成長を抑制する方向の関連が最も強く、マンガンは成長を促進する方向の関連が見られたと発表した。この研究は、エコチル調査千葉ユニットセンター、同大予防医学センターの高谷具純助教ら、国立環境研究所の研究グループによるもの。研究成果は、「Environment International」に掲載されている。
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子どもの健康と環境に関する全国調査(以下、エコチル調査)は、胎児期から小児期にかけての化学物質ばく露が子どもの健康に与える影響を明らかにするために、平成22(2010)年度から全国で約10万組の親子を対象として環境省が開始した、大規模かつ長期にわたる出生コホート調査。臍帯血、血液、尿、母乳、乳歯等の生体試料を採取し保存・分析するとともに、追跡調査を行い、子どもの健康と化学物質等の環境要因との関係を明らかにしている。エコチル調査は、国立環境研究所に研究の中心機関としてコアセンターを、国立成育医療研究センターに医学的支援のためのメディカルサポートセンターを、また、日本の各地域で調査を行うために公募で選定された15の大学等に地域の調査の拠点となるユニットセンターを設置し、環境省と共に各関係機関が協働して実施している。
今回の研究では、金属や半金属に分類される元素のうち、体内に入る量が多すぎると有害となる鉛、カドミウム、水銀と、人体に必須でありながら体内に入る量が多すぎると有害となるマンガン、セレンに注目。これらの元素は、成人が少量を体内に取り込んでも、明らかな有害事象が現れることはない。妊婦が日常生活で体内に取り込むわずかな量の元素が、胎児の成長にどのような影響があるかということについては、研究が少なく、はっきりしたことはわかっていない。
エコチル調査で、妊婦の血中元素濃度と新生児の出生時の体重、身長、頭囲、胸囲との関連を解析
小さく生まれた赤ちゃんは、生後の疾患や成長後の慢性疾患のリスクが高くなることが指摘されている。これまでの海外の研究により、妊婦の血液中の鉛、カドミウム、水銀などの有害金属の濃度が高いと、胎児の発達遅延などのリスクが高まることが報告されている。しかし、さまざまな種類の元素が複合的に妊婦の体内に取り込まれることによって、胎児にどのような影響があるかについては、あまり研究が進んでいない。
そこで研究グループは、エコチル調査のデータのうち、解析に必要なデータがあり、双子以上の出産を除いた約9万4,000組の母子のデータを使用して、妊婦の血中の元素濃度と新生児の出生時の体重、身長、頭囲、胸囲との関連について解析を実施した。
鉛、カドミウム、セレンは出生時の体重、身長、頭囲、胸囲「減」と関連、マンガンは成長促進と関連
その結果、鉛の血中濃度の75パーセンタイル値は7.34ng/gで、米国産科婦人科学会が示した妊婦の望ましい血中濃度の上限(換算値47.59ng/g)と比べてかなり低い値だった。他の元素の75パーセンタイル値は、カドミウム0.91ng/g、水銀5.19ng/g、マンガン18.70ng/g、セレン182.00ng/gで、過去の研究報告と比べて特に高い値ではなかった。
それぞれの元素について解析を行った場合、鉛、セレンの血中濃度が高いほど、出生時の体重、身長、頭囲、胸囲が減少するという関連が示された。また、カドミウムは体重、身長、胸囲の減少、水銀は頭囲の減少との関連が示された。逆に、マンガンは血中濃度が高いほど、出生時の体重、身長、頭囲、胸囲が増加するという関連が示された。
これらの元素類の複合的な影響を考慮した解析を行った場合、鉛、カドミウム、セレンは、出生時の体重、身長、頭囲、胸囲を減少させる方向の関連が示され、特に鉛の影響が最も強く見られた。マンガンは成長を促進する方向の関連が見られた。最も胎児の成長抑制の影響が強く見られた鉛の場合、血中濃度が2倍に増えたときの出生体重の減少量は39.8gと推定され、個人の健康上問題があるような強い影響ではなかった。
各元素の影響は相加的であり、相乗的ではない
新生児の出生体重が在胎週数に見合う標準的な出生体重に比べて小さく、国内で作成された標準曲線の小さいほうから10%以内に入る場合にSmall-for-Gestational-Age(SGA)とみなされる。元素の複合的な影響を考慮した解析を行った場合、鉛はSGA児が生まれるリスク増加との関連が最も強く、マンガンはSGA児が生まれるリスク減少との関連が見られた。
研究グループはさらに、これらの元素が同時に体内に存在することによって、各元素が胎児の成長に及ぼす影響が変わる可能性について検討。その結果、出生時の体重、身長、頭囲、胸囲のいずれも、これらの元素の影響は相加的(それぞれの影響を足し合わせた程度)であり、相乗的(それぞれの影響を足し合わせたよりもさらに強い影響)ではないことが示された。
児の健康や発達との関連、今後さらに研究を
今回の研究では、妊婦の血中の元素濃度は、妊婦に個人の健康上の問題を引き起こすような値ではなかった。しかし、母体に影響はないような血中濃度であっても、鉛、セレン、カドミウムは、濃度が高くなると出生児の体重が少なくなり、これらの元素が体内に同時に存在すると、それぞれの影響が足し合わされることが示された。妊婦の血液中の元素が胎児の発育を抑制するメカニズムは明らかではないが、細胞の障害を引き起こす活性酸素などが増えることによって胎児の発育を抑制する可能性が考えられる。今回の研究で測定された元素の血中濃度の範囲では、児の出生時の体格がそれほど小さくなることはないが、その後の健康や発達とどのように関連するかについては、今後さらに研究が必要だ。
今後の調査で、子どもの発達や健康に影響を与える化学物質等の環境要因がさらに明らかになることが期待される、と研究グループは述べている。
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