膀胱がんの悪化を防ぐため、EMTの治療標的が求められる
神戸大学は7月13日、細胞の接着に関わるADAM9というタンパク質が膀胱がんの増悪・進展に関与しており、がんの悪性度が高い方がADAM9タンパク質の発現が多いことを発見したと発表した。この研究は、同大大学院保健学研究科博士課程前期課程2年生の森脇遥花らと、台北医学大学のSung Shian-Ying准教授らの研究グループによるもの。研究成果は「Biomolecules」誌にオンライン掲載されている。
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膀胱がんは、筋肉に「浸潤するもの(筋層浸潤がん)」と「浸潤しないもの(非筋層浸潤がん)」に分類され、両者で治療法が異なる。筋肉に浸潤するタイプのがんでは、進行率と再発率が高いため、通常は膀胱を全て摘出し、転移の可能性のあるリンパ節を同時に切除する。しかし、この手術は患者への負担が大きく、手術後の生活の質(QOL)の低下を招くため、安全かつ効果の高い新たな治療法が求められている。
がんの増悪機構の一つに、上皮系細胞が間葉系細胞の性質を獲得する、上皮間葉転換(Epithelial Mesenchymal transition;EMT)という転移に関わる機序があり、膀胱がん細胞は他のがんに比べて、EMTによって高い転移能を獲得する。ADAM9は前立腺がんにおいて、EMTに関与し、転移を誘導することが明らかとなっている。そこで研究グループは、膀胱がんの悪化におけるADAM9の関与を調査し、ADAM9が膀胱がん細胞におけるEMTを予防するための新しい治療標的になり得るかどうかを検証した。
ADAM9タンパク質の発現の抑制により、膀胱がん細胞の増殖や傷口治癒の抑制を確認
研究ではまず、ADAM9発現抑制による細胞増殖抑制効果を確認した。正常な細胞では体や周囲の状態に応じて、細胞の増殖が調節されているが、がん細胞は体からの命令を無視して増え続けるという特徴がある。ADAM9の発現を抑制しない場合には時間経過に伴ってがん細胞が増えているが、ADAM9タンパク質の発現を抑制した場合には、非筋層浸潤がん・筋層浸潤がんのどちらにおいても、膀胱がん細胞の増殖は有意に抑制された。
また、筋層浸潤がんにおいて、ADAM9の発現を抑制すると、膀胱がん細胞による傷の治癒力が有意に抑制され、発現を抑制しない場合と比べて傷が塞がらなかった。傷口が治癒される際、傷口へ向かって細胞集団の移動が起こるが、これががんの浸潤や転移に関わるため、ADAM9の発現抑制によって傷の治癒が抑制されることは、がんの浸潤や転移を起こしにくくするということを意味するという。
浸潤がんにおいて、ADAM9タンパク質の発現量は有意に多い
そして、ADAM9の発現を抑制すると、非筋層浸潤がんにおいてVimentin発現量の減少とE-cadherinの上昇が見られ、筋層浸潤がんにおいてVimentinおよびN-cadherinの減少とE-cadherinの上昇がみられた。VimentinとN-cadherinは間葉細胞に特有の物質で、E-cadherinは上皮細胞に特有の物質であり、このことから、ADAM9の発現を抑制することによって、EMTが抑制される(間葉細胞の特有物質を減らし、上皮細胞の特有物質を増やす)ことが示された。
さらに、ADAM9タンパク質の発現は悪性度の高いがんにおいてより多く、ADAM9ががんの増悪の一因であることが示された。さらに、周囲の細胞や筋肉への浸潤があるがんにおいて、ADAM9タンパク質の発現量が有意に多いことが明らかになった。正常な細胞や周囲に浸潤のないがんと比較し、浸潤のあるがんにおいてADAM9タンパク質の発現が多いということは、ADAM9が膀胱がんの浸潤・転移に関わっているということである。
ADAM9をターゲットにしたがんの予後予測や新たな治療法の開発にも期待
以上の結果から、ADAM9は膀胱がんにおいて細胞増殖や転移に深く関与しており、それによってがんの増悪・進展を引き起こすことが示唆された。現在、前立腺がんにおいてもADAM9の関連性を検討しているところだという。将来的には、ADAM9をターゲットにしたがんの予後予測や新たな治療法の開発による臨床への応用が期待される。「今後は、医学ー保健学分野にとどまらず、工学、薬学の分野とも協同し、さらには社会科学の分野とも連携したビジネス展開も視野に入れていく」と、研究グループは述べている。
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