シミュレーションには複数の複雑な方程式を解く必要があり、計算の高速化が望まれていた
筑波大学は7月11日、超音波によるがん治療の高速シミュレーションのための数理モデルとして、約10本もの複雑な方程式をただ1つの方程式に集約し、マイクロバブルの膨張・収縮運動とそれに伴う熱的効果の影響を表現することに成功したと発表した。この研究は、同大システム情報系の金川哲也助教らの研究グループによるもの。研究成果は、「Ultrasonics Sonochemistry」に掲載されている。
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集束超音波(HIFU:High Intensity Focused Ultrasound)によるがん治療は、切開手術に代わる低侵襲的な治療法として用いられるようになってきた。体組織の細胞は一定温度で加熱し続けると壊死するという性質を利用し、体外から超音波を腫瘍に照射し、正常な細胞を損傷させることなく、腫瘍のみをピンポイントで加熱除去させることができる。さらに近年、腫瘍付近に微小な気泡(マイクロバブル)を注入すると、超音波の加熱作用を劇的に向上できることが注目されている。超音波を照射すると、気泡内部の気体と外部の体組織の密度差により、気泡が激しく膨張・収縮運動する。この運動のエネルギーが減衰することで、熱が発生する。このような作用を利用すれば、超音波を吸収する脂肪や、超音波を反射する骨の奥に存在する腫瘍に対しても、十分な熱を与えることが可能になる。
マイクロバブルを安全かつ効果的に利用するためには、気泡の大きさ・量・内部気体の種類を最適に設定する必要があり、そのために、さまざまな条件下でのシミュレーションが行われる。その計算手法として、従来は、約10本もの方程式を解く方法や、超音波の伝播を表す方程式とマイクロバブルの膨張・収縮運動を表す方程式をそれぞれ解く手法が主流だった。しかし、これらの方程式はいずれも複雑で、シミュレーションモデルの構築は容易ではなく、さらに、複雑な人体組織を反映するためには、空間多次元での計算が必要となり、計算に膨大な時間がかかるという課題があった。治療法や治療効果を素早く提示するためにも、シミュレーションの高速化は重要だ。
約10本の方程式を1本に集約、数日かかった計算が半日で可能に
今回の研究では、がん治療の高速シミュレーションのための数理モデルとして、約10本の複雑な方程式をただ1つの方程式に集約し、これによってマイクロバブルの膨張・収縮運動とそれに伴う熱的効果の影響を表現することに成功した。
この方程式は、複雑な人体組織を反映できるよう、空間多次元での計算に対応。従来の超音波とマイクロバブルの式をそれぞれ独立に解く手法では、計算に数日かかることもあるのに比べ、開発した方程式は、空間多次元であっても半日程度と、高速でシミュレーションを行うことが可能となる。
マイクロバブル内の気体の種類による温度上昇の違いも確認
開発した方程式を用いて、がん治療を想定したシミュレーションを行ったところ、超音波の焦点付近におけるピンポイントな温度上昇が確認された。また、マイクロバブル内の気体の種類による温度上昇の違いも求めることができ、例えば、空気よりもアルゴンの方が、10度程度高温に達することがわかった。
気泡内部における相変化、骨などにおける超音波の反射を考慮したモデルの開発へ
同方程式では、マイクロバブルの膨張・収縮運動に伴う熱的効果の影響のうち、気泡内部の熱伝導の影響の導入には成功した一方、気泡内部における相変化などの物理現象を考慮できていない。また、頭蓋骨のがん治療を想定すると、骨などにおける超音波の反射を扱う数理モデルも重要となる。研究グループは、これらを含め、今後、より実用的な数理モデルの開発を進めるとし、「将来的には、本手法の利点である高速でのシミュレーションを生かし、さまざまな条件下でのシミュレーションを実施し、がん治療の最適条件を導くための具体的な指針の確立を目指す」と、述べている。
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・筑波大学 TSUKUBA JOURNAL