COVID-19発症/重症化は年齢依存性、「唾液の量と質」と関係するか
大阪公立大学は7月6日、スパイクタンパク質(S1)とアンジオテンシン変換酵素2(ACE2)の結合実験を行い、健常者の唾液に存在する好中球関連カチオン性タンパク質などが新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の感染を阻害することを明らかにしたと発表した。この研究は、同大大学院獣医学研究科獣医学専攻の松原三佐子准教授、医学研究科肝胆膵病態内科学・合成生物学寄附講座の吉里勝利特任教授らの研究グループと、コスモ・バイオ株式会社が共同で実施したもの。研究成果は、「The Journal of Biochemistry」オンライン版に掲載されている。
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SARS-CoV-2は、クラスター対策による封じ込めを掻い潜り、未曾有の勢いで世界中に拡大した。世界中で例外なく感染爆発が起こり、既存の健康問題やロックダウン政策に伴う経済的問題が事態をより複雑にしている。一方、新型コロナウイルス感染症 (COVID-19)による人口当たりの死亡者数には、地理的な差異があることも指摘される反面、ワクチンによる恩恵を享受できる格差が厳然と存在する。
SARS-CoV-2が生体の防衛システムをうまく回避する機構を理解することは、このウイルスの感染を弱体化させるために不可欠だ。COVID-19の発症と重症化には明確な年齢依存性があり、高齢者の重症化率と死亡率は、若年者・小児のそれよりも極めて高いことがわかっている。しかし、ここまで顕著な差がありながら、この年齢依存性を十分に説明できる科学的根拠はわかっていない。一方で、生体の自然免疫防疫機能を担う「唾液の分泌量の減少」は高齢者で顕著であり、唾液の量と質は時間と共に変化することが報告されている。これらの事象から、研究グループは、「唾液は、SARS-CoV-2の体内への侵入を防ぐ仕組みを持っている」と仮説を立て、研究を行った。
好中球関連ヒストンH2Aとエラスターゼが、S1-ACE2結合を顕著に阻害
SARS-CoV-2は、ウイルスエンベロープ上のS1がヒト細胞の細胞膜に存在するACE2受容体へ結合することで感染が成立する。研究グループは、SARS-CoV-2-S1とACE2の結合を定量的に測定する実験系(S1-ACE2結合アッセイ系)を作成し、S1-ACE2結合に対する健常者唾液の効果を調べた。その結果、全ての唾液検体(N=7)が濃度依存的に阻害活性を示すことがわかった。
さらに、唾液からACE2結合能をもったタンパク質を4種(ディフェンシン-1、リゾチームC、ヒストンH2A、好中球エラスターゼ)を特定し、その中でも、好中球関連ヒストンH2Aとエラスターゼが、S1-ACE2結合を顕著に阻害することを明らかにした。
これらの結果から、研究グループは、健常者の唾液中の好中球関連カチオン性タンパク質が、負に帯電したACE2の分子表面を覆うことにより、SARS-CoV-2の侵入に対する障壁になり得ると結論付けた。
カチオン性タンパク質、負に帯電したACE2にくっついて障壁になり得る
ヒストンH2Aは、アルギニン残基(11%)およびリジン残基(10%)に富み、等電点が11.06。好中球エラスターゼは、アルギニン残基(9%)が豊富で等電点が9.71であることから、両方とも非常に塩基性[カチオン性(陽イオンに帯電している状態のこと)]の性質をもつタンパク質であることがわかった。
そこで、カチオン性を示すαおよびεポリ-L-リジンとポリ-L-アルギニンを使ってS1-ACE2結合阻害実験を行った結果、これらすべての塩基性ペプチドがS1-ACE2結合を強力に阻害することがわかった。この中でも、細菌の発酵産物であるε-ポリ-L-リジンはαポリ-L-リジンに比べ阻害効果が10倍も高かったことから、カチオン性天然物質の有用性が示された。
ムチンや産業化されているカチオン性ペプチドなどに着目した研究を継続
今回の研究により、唾液の好中球が、常在する微生物によって適度に活性化され、ディフェンシン-1、ヒストンH2A、エラスターゼなどのタンパク質を持続的に放出し、その中でもカチオン性のエラスターゼとヒストンH2Aが宿主細胞のACE2受容体をマスキングすることで、SARS-CoV-2感染に対する自己防衛に寄与している可能性が高いことが明らかになった。研究成果は、COVID-19の感染予防法や治療法の開発に貢献するばかりでなく、将来的に人類を襲うであろう未知のウイルス感染を自然免疫レベルで予防する方法の開発につながることが期待される。
また、研究グループは、粘性タンパク質であるムチンが、これらのタンパク質を保持するために好中球を主体とした自然免疫機構を制御すると考え、年齢依存的なムチンの糖鎖修飾の違いについて調査中だという。「さらに、ACE2マスキングペプチドとしてε-ポリ-L-リジン(細菌発酵産物および既知の食品保存剤)などの産業化されているカチオン性ペプチドや、スパイクタンパク質とACE2の結合を阻害する新たな合成ペプチドを利用することにより、SARS-CoV-2侵入から保護するための新しい薬品開発につなげることで、長期化する世界的パンデミックCOVID-19の終息に貢献したいと考えている」と、研究グループは述べている。
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・大阪公立大学 プレスリリース