医療従事者の為の最新医療ニュースや様々な情報・ツールを提供する医療総合サイト

QLifePro > 医療ニュース > 医療 > 中枢神経疾患研究に重要なミクログリア、ヒトiPS細胞から高効率分化誘導に成功-慶大

中枢神経疾患研究に重要なミクログリア、ヒトiPS細胞から高効率分化誘導に成功-慶大

読了時間:約 3分23秒
このエントリーをはてなブックマークに追加
2022年07月08日 AM11:06

げっ歯類との種差の問題から、ヒト由来のミクログリア細胞モデル開発が求められている

慶應義塾大学は7月1日、中枢神経系内唯一の常在性免疫細胞であるミクログリアを、ヒトiPS細胞から高効率に分化誘導する新たな方法を開発したと発表した。この研究は、同大医学部生理学教室の孫怡姫博士課程学生、岡野栄之教授らの研究グループによるもの。研究成果は「Inflammation and Regeneration」誌に掲載されている。


画像はリリースより
(詳細は▼関連リンクからご確認ください)

日本を含む高齢化社会では、さまざまな中枢神経疾患が人々の日常生活動作を低下させることにより、社会財政や医療資源にも多大な負担となっている。これらの中枢神経疾患の多くは、脳内の常在免疫細胞()の異常な活性化により過剰な炎症反応が引き起こされ、病態進行に負の影響をもたらしていると考えられている。そのため、ミクログリアの活性化あるいは機能破綻メカニズムの解明は、中枢神経疾患治療において大変重要であると考えられる。

これまでのミクログリアに関する研究は、主にげっ歯類を用いて行われ、多くの有用な知見をもたらしてきたが、ヒトと同様の症状が認められなかったり、ミクログリアの遺伝子発現パターンが異なるなど、げっ歯類とヒトの種差の問題が指摘されている。そのためミクログリアの研究には、より適切なヒト由来のモデル開発が求められている。研究グループは、ヒトiPS細胞由来ミクログリアの効率的な分化誘導法の開発および疾患解析モデルの構築により、ミクログリア障害を端緒とした神経疾患における脳内免疫機構の破綻に対する網羅的な理解、および治療法開発につながると考えた。

ミクログリアの発生に重要な転写因子をiPS細胞に発現させ、大量作製に成功

研究ではまず、ヒトiPS細胞由来ミクログリアの分化誘導法の開発に取り組んだ。ミクログリアは、中胚葉由来の卵黄嚢から発生する脳実質内唯一の常在免疫細胞である。従来のミクログリア誘導法は、長い時間を要し、かつ誘導効率が低いといった問題点があった。そのため、研究グループはミクログリアの発生学的起源に着目し、ミクログリアの発生に重要な転写因子であるPU.1をTet-Onシステムを用いて発現誘導可能なiPS細胞を作製した。これにより、非常に手間のかかる細胞分取プロセスを省略し、短期間(約3週間)で大量のミクログリア(human iPSC-derived microglia;hiMGLs)を作製することに成功した。

次に、トランスクリプトーム解析を行い、作製したhiMGLの遺伝子発現パターンについて調べたところ、単核球やマクロファージおよび先行研究におけるiPS細胞由来ミクログリアと比べて、hiMGLsは最もヒト脳内のミクログリアに近い性質を持つことがわかった。フローサイトメトリーおよび免疫染色法を用いて、回収した細胞の90%以上に、ミクログリア特異的なマーカータンパク質(IBA1、CX3XR1、P2RY12、TMEM119など)の発現が確認された。これにより細胞選択的濃縮を行わなくとも、今回開発した方法を用いることで高純度なミクログリアを得ることが出来ることがわかった。

ヒト脳内ミクログリアと同様な生理機能を確認、共培養したニューロンの成熟や活動に影響

さらに、hiMGLsがミクログリアの正常な生理機能を示すかどうかについて評価を行った。ビーズやアミロイドβに対する貪食能を検討したところ、hiMGLsは高い貪食能を有することを示した。さらに、エンドトキシン刺激により、IL1αやIL1βなどの炎症性サイトカインの分泌が大きく増加した。特筆すべきは、近年新たなアルツハイマー病の発症機構として注目されているインフラマソームの形成も、hiMGLsの中において観察できたことである。以上の結果から、hiMGLsはヒト脳内ミクログリアと同様な生理機能を持っていると考えられた。

開発したミクログリアを疾患解析ツールとして用いるために、マウス海馬から採取した初代培養ニューロンとhiMGLsの共培養を行った。ニューロンと共培養したhiMGLsは、ラミファイド状の正常時ヒト脳内ミクログリアと似た形態を示し、細胞面積も5倍以上に増加した。続いて、共培養したニューロンの樹状突起スパインについて解析を行い、hiMGLsと共培養したニューロンの方がより多くのスパインを持つことがわかった。また、カルシウムイメージングを用いてニューロンの活動を観察した結果、hiMGLsと共培養したニューロンのカルシウム振動はより同期性を持つ(つまり振動強度が高く、振動頻度が低い)ことがわかった。これらの結果から、開発したhiMGLsはニューロンと相互作用し、ニューロンの成熟や活動に影響を及ぼすと考えられた。

ミクログリアが関連する多様な疾患解析や治療法開発にも期待

今回の研究において、細胞選択的濃縮を省略可能な、ヒトiPS細胞から短期間で大量のミクログリアを分化誘導できる手法の開発に成功した。遺伝子発現プロファイルや、生理機能などの解析から、hiMGLsはヒトミクログリアと類似な性質を持つことが確認できた。今回開発したヒトミクログリアの分化誘導法は、ミクログリアの生理機能や、ミクログリアが関連する多様な疾患解析に適応可能である。「hiMGLsはアルツハイマー病などさまざまな神経変性疾患の病態メカニズムの解明や、治療法開発に役立つと考えられ、さらに、ミクログリアの細胞置換療法が有効な神経疾患の治療法として、細胞医薬品の創出にも貢献できると期待される」と、研究グループは述べている。

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

同じカテゴリーの記事 医療

  • 血液中アンフィレグリンが心房細動の機能的バイオマーカーとなる可能性-神戸大ほか
  • 腎臓の過剰ろ過、加齢を考慮して判断する新たな数式を定義-大阪公立大
  • 超希少難治性疾患のHGPS、核膜修復の遅延をロナファルニブが改善-科学大ほか
  • 運動後の起立性低血圧、水分摂取で軽減の可能性-杏林大
  • ALS、オリゴデンドロサイト異常がマウスの運動障害を惹起-名大