「固定試料の静止像計測しかできない」という難点の克服へ
中部大学は7月4日、濡れた臓器などの液中試料の構造と「動き」をそのまま走査型電子顕微鏡で観察する技術を開発したと発表した。この研究は、同大生命健康科学部生命医科学科の新谷正嶺講師、山口誠二准教授、高玉博朗准教授の研究グループによるもの。研究成果は、「Microscopy」に掲載されている。
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電子顕微鏡は分解能が最大0.5nm程度と高いため、小さいスケールの観察に適している。しかし、真空下にて観察を行うため、観察する試料は水分が蒸発しないように固定処理をする必要があった。そのため、これまでの電子顕微鏡観察では基本的に固定試料の静止像計測しかできないという難点があった。
液中試料の電子顕微鏡観察を可能にする方法として、窒化シリコン等の平面膜を利用した観察方法はすでに存在している。しかし、膜に極めて近い観測可能領域に収まる薄い観察試料であること、膜を傷つけないように試料と膜の位置関係を設定できること、平面膜を傷つけうる動きをしない試料であることなど、観察に強い手間と制約があった。
また、試料の動きを計測可能な方法として、電子線が当たると保護膜になる、グリセリンや糖などの不揮発性成分を含む溶液で試料を覆って、その保護膜越しに試料を観察する方法(ナノスーツ法)もある。しかし、この方法は保護膜の外は真空で、保護膜も観察時には水を含まない固体膜になるため、液中試料の構造と動きの観察は行えず、試料が、真空中でも行える動きのみが観察されうる方法であった。
電子線透過性と変形性に優れた「DET膜」を作成
今回研究グループは新たに「DET膜法」を開発した。まず、真空と大気圧の圧力差にも十分に耐えて破れず、電子線透過性と変形性に優れた薄膜(DET膜:Deformable and Electron Transmissive Film)を作製。DET膜の電子線透過性と変形性を利用することで、観察試料の形状にDET膜が倣い、マクロな試料の形状も、微細な試料の形状も、DET膜越しの観察が可能になった。観察試料に直接当たる電子線の量をDET膜が抑制して保護することも、観察試料の動きを計測するために有益な性質である。
また、DET膜を大きく変形させることができるため、同じ倍率の光学顕微鏡の数十倍深い焦点深度で立体的な試料の観察ができる、走査型電子顕微鏡の性質を活かした構造と「動き」の計測が可能だ。
マウス摘出心臓の微細な構造と「動き・変形」を計測することに成功
さらに、DET膜法で、マウス摘出心臓をそのまま観察試料として用いて、その微細な構造と「動き・変形」を計測することに成功。加えて、析出した結晶や、液中に浮いて動く結晶のナノスケールの構造と動きの計測にも成功した。
光学顕微鏡で観察できないナノスケールダイナミクスの観察・計測実現に期待
光学顕微鏡は計測の空間分解能が約200nmで、その高分解能計測を行う際の焦点深度は約300nmと、平面の観察しか行えない。それに対して、開発したDET膜法は、観察試料の立体的な構造とその動きを、ナノスケール分解能で計測できるという大きな利点を持っている。また、DET膜法を固定試料の電子顕微鏡観察と比べると、DET膜を介する分、空間分解能は低下するという難点があるが、ダイナミクスの計測ができるという大きな利点がある。
「DET膜法で計測する動きは、観察試料が自ら生み出す動きだけでなく、こちらが与えた引っ張るなどの動作に対する変形でも構わない。動物の剥製を眺めるだけでは、動物への理解を深めるのに限界があるように、このDET膜法によるダイナミクス計測が、さまざまなナノスケールダイナミクスの計測を可能にすると期待している」と、研究グループは述べている。
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