地球規模の災害にも対応できるよう遺伝資源の保存が求められている
山梨大学は7月6日、フリーズドライ化して最長で9か月間保存した体細胞からクローンマウスを作り出すことに成功し、調べたクローンマウスが全て正常な繁殖能力を持っていたと発表した。この研究は、同大大学院総合研究部・発生工学研究センターの若山清香助教、伊藤大裕大学院生、林えりか大学院生、石内崇士准教授、若山照彦教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Nature communications」にオンライン掲載されている。
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遺伝資源は人類にとって最も貴重な財産であり、温暖化などの環境変異や、未知の病気の蔓延など地球規模の災害時においても、食糧資源の維持や自然環境の再現ができるように、可能な限り多くの遺伝資源を保存することで生物多様性を維持する必要がある。植物では永久凍土の地下に世界中の種子を保存する取り組みが始まっている(スバールバル種子貯蔵庫)が、動物の遺伝資源、すなわち卵子や精子の保存は液体窒素が必要であり、取り扱いが難しく高コストであるだけでなく、大規模震災等で液体窒素の供給が止まってしまうと利用できないという問題がある。また、動物の卵子を採取することは非常に難しく、精子も老齢や幼弱、および不妊個体からは採取できないため、まだほんの一部の動物種でしか遺伝資源は保存されていない。
過去には精子のフリーズドライ保存に成功、しかし他の細胞で成功したことはなかった
研究グループは、液体窒素を使わずに精子を保存するフリーズドライ化技術の開発を20年以上にわたり行っている。これまでに、机の引き出しの中で1年以上保存したフリーズドライ精子や、国際宇宙ステーションで約6年間保存したフリーズドライ精子から仔マウスを作り出すことに成功しており、精子のフリーズドライ保存法は動物遺伝資源を安全かつ低コストで、さらには地球外でも長期間保存できることを証明していた。また、核移植技術を用いれば体細胞からでも子孫(クローン)を作れることから、体細胞クローン技術による遺伝資源の保存にも力を入れている。16年間冷凍庫で保存されていた死体や、尿から回収した細胞でクローンを作出することに成功しており、クローン技術が絶滅危惧種の救済にも適した方法であることを示している。
もし体細胞のフリーズドライ保存が可能になれば、全ての個体から簡単に遺伝資源(=体細胞)を採取でき、液体窒素を使わずに保存できるため、安全かつ低コストな究極の保存方法になると考えられる。しかし精子のフリーズドライ保存に成功してから四半世紀近く経つにもかかわらず、まだ精子以外の細胞でフリーズドライ保存に成功したことはなかった。
保護剤や乾燥方法、核移植技術を改良、保存した体細胞から繁殖能力正常なクローン作成に成功
今回研究グループは、凍結乾燥保護剤や乾燥方法を改良、さらに連続核移植技術を開発してそれらを組み合わせることにより、フリーズドライした体細胞からクローンマウスを作成した。まず、ドナーマウスは雌雄、近交系および交雑系の6種類を用意し、体細胞は卵丘細胞(メス)および尻尾の線維芽細胞(オスとメス)を採取した。細胞は凍結乾燥保護剤(トレハロースあるいはエピガロカテキン)で処理し、ガラスアンプルビンへ入れ、さまざまな条件で凍結した。その後真空乾燥機で完全に乾燥させ、-30℃で最長9か月間保存してから実験に使用した。実験では、アンプルビンへ使用直前に水を加えて細胞をもとに戻し、(1)体細胞のDNA損傷度、(2)核移植した後のリモデリング、(3)卵子内でのDNA修復、(4)染色体分離異常、(5)初期化時間、(6)クローン胚の発生能、(7)クローン胚盤胞の細胞数、(8)クローンES細胞の樹立成績、(9)クローンマウスの出産成績について調べた。
メスマウスから採取した体細胞(卵丘細胞)を用いて、凍結乾燥保護剤であるトレハロースあるいはエピガロカテキンを用いて保護効果を比較したところ、エピガロカテキンの方がトレハロースよりフリーズドライで生じるダメージを軽減し、比較的きれいな細胞に戻すことができたという。フリーズドライした体細胞を核移植し、得られたクローン胚を4日間培養したところ、トレハロースを用いた場合、クローン胚盤胞へはほとんど発生しなかったが(0.1%)、エピガロカテキンを用いることで発生率が有意に改善された(2.1%)。それらのクローン胚をES細胞樹立用培地で約2週間培養した結果、フリーズドライした体細胞からクローンES細胞を樹立することができた(約1%)。そのため、これ以降は全てエピガロカテキンを使用した。
次にオスとメスの尻尾から採取した体細胞(線維芽細胞)を用いて同様に核移植を行い、クローンES細胞の樹立を試みたところ、雌雄および系統に関係なく4~13%がクローン桑実期/胚盤胞へ発生し、1~2%がクローンES細胞として樹立した。樹立できたクローンES細胞(合計49株)をドナーとしてもう一度核移植を行ったところ、多くのクローンマウスを作出することに成功した(0.2~5%)。最初に成功したクローンマウス(名前はドラミ)は妊娠能力も正常で、寿命も正常な範囲内となった(676日間生存)。調べたクローンマウスの繁殖能力は全て正常であり、これは遺伝資源として利用可能であることを示す重要な証拠である。しかし、オスのドナーマウスのうちの1匹は、実験中に細胞からY染色体が抜け落ち、生まれてきたクローンマウスは全てメスになった。このマウスの外見に異常はなく、生殖能力も正常だった。
クローンマウス成功率はまだ低い、改善により低コストで安全な遺伝資源の保存に期待
今回の研究におけるクローンマウスの成功率は、最初のドナー細胞から計算すると、1回目の核移植でクローンES細胞が樹立できる確率が約1%、その細胞株をドナーとして2回目の核移植でクローンマウスが生まれてくる確立が約2%、したがって最初のドナー細胞からクローンマウスが生まれる成功率はわずか0.02%しかないという結果になった。この成績は哺乳類最初のクローン動物である羊のドリー(0.4%)よりも低い値である。長期保存後でも確実にクローンを作れるという保証がなければ、遺伝資源として広く利用されるようになることは難しい。そのため今後は、成功率のさらなる改善が必要であるという。
また、液体窒素を使わないで保存することには成功したが、今回のフリーズドライ細胞は-30℃の冷凍庫で保存が必要である。大災害などで電力供給が止まっても安全に保存できるようにするために、室温保存に成功することが不可欠である。研究グループは、以前は室温で長期保存はできなかった精子のフリーズドライ保存も今では可能になっており、体細胞の室温保存も実現可能だと考えているという。一方、1例だけフリーズドライ保存したオスの尻尾の細胞からY染色体が抜け落ち、メスのクローンマウスがたくさん生まれた場合があった。偶然の成功例ではあるが、オスしか生き残っていない絶滅危惧種からメスを作り出すことで、絶滅する運命だったその種を復活させることが可能なことが示された。Y染色体がいつどのようにして抜け落ちたのか明らかにすることで、人為的にオスからメスのクローンを作り出せるようにすることが次の目標だという。
今回の研究で示した体細胞のフリーズドライ保存技術を用いれば、動物の遺伝資源も植物の種子と同様に簡単に回収でき、低コストで安全に保存できるようになる。将来的にはこの技術を応用して、乾燥保存されているニホンオオカミやニホンカワウソなどの毛皮からクローンを作り出せるかもしれないという。「今はまだ現実的ではないが、フリーズドライ体細胞の成功により遺伝資源の網羅的回収の可能性が示された今、未来の子供たちへ全ての遺伝資源を残す重要な研究だと考えている」と、研究グループは述べている。
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・山梨大学 プレスリリース