“いきみ”による急激な血圧上昇が心不全、脳卒中などのリスクに
COVID-19の流行に伴う外出自粛要請により、以前に比べて運動不足を自覚しているという方も少なくないのではないだろうか。こうした生活の変化は“排便”の質にも悪影響を及ぼしているという。横浜市立大学大学院 中島淳氏(医学研究科 肝胆膵消化器病学教室 主任教授)は、2022年3月15日にEAファーマ株式会社が開催したセミナーで便秘症が招くリスクと治療の重症性について講演を行い、特に高齢者で便秘症の有訴者数が増加傾向にあることについて警鐘を鳴らした。
国内における便秘症の有訴者数は全体の2~5%程度であるが、65歳以上では男性で約6.5%、女性で約8.1%と、その割合は加齢に伴い増加する1)。“命には関わらない”とされて重要視されてこなかった便秘症だが、近年では生命予後との関連が報告されるなど、便秘症が命に関わる疾患であることが明らかになりつつある2)。
便秘症では、特に排便時の“いきみ”による急激な血圧上昇が心不全や脳卒中、心筋梗塞などに影響を与えることが指摘されている。排便回数と心血管疾患・脳卒中による死亡との相関を見てみると、排便間隔が長くなる、つまり便秘症であるほど心筋梗塞や脳卒中のリスクは増加する3)。
「特に高齢者では動脈硬化が進行していることもあるため、若年者と比較して排便時の“いきみ”による血圧上昇が起こりやすい」と、中島氏は指摘し4)、その他にも便秘症が慢性腎臓病発症率の上昇に関連することなどを紹介した5)。
高齢に伴う直腸の感覚闘値の変化が便秘症に関与か
中島氏によると、便意を伴う排便のためには、正常な直腸感覚が重要だという。通常、直腸に便が移動すると、直腸壁が伸展された刺激が仙骨神経を介して大脳皮質に伝わることで便意を感じる。しかし、便秘症患者では約57%で便意消失が認められたという(非便秘者では約8%)6)。中島氏は、「高齢者の場合は、直腸感覚が鈍感になっていることで便意を感じず、便が溜まることがある」と、高齢であることが便秘症のリスク因子となる可能性について言及した。
一方、問題視されにくい水様便についても「水様便は簡単に排便されるものの、排便時に逆流を起こすため、40分程度でまた便意が起こることを繰り返す」と指摘し、「排泄することよりも正常便に治すことを治療の目的とするべき」と強調した。
高齢患者増加に伴い変化が求められる、便秘症治療と診断
便秘症治療薬としては、長きにわたり酸化マグネシウムが使用されてきた。ただし、近年では高齢な便秘症患者の増加に伴い、高齢者における高マグネシウム血症等に関する注意喚起がなされている。
こうした現状や、高齢者では直腸の感覚闘値が高くなるという問題を踏まえ、中島氏は胆汁酸について最近注目されている話題を紹介した。胆汁酸は脂質の消化・吸収促進やコレステロールの調整などに関わるとされてきたが、大腸運動促進などにも関与していることがわかってきた。そして、この胆汁酸は非便秘症の方で少なく7)、また加齢とともに分泌量が減収することが報告されているのだ8)。最近では、こうした胆汁酸の働きに着目した新たな薬剤が登場している。
さらに、中島氏は便秘症診断における取り組みについても言及した。診断には直腸指診が必要だが、患者の羞恥心が伴うことや、手技のハードルの高さなどが課題になっているという。そこで、腹部エコーを用いた診察によって、便の場所や形、硬さを“見える化”することを試みているそうだ。これにより、非侵襲的に直腸の便貯留有無の確認や適切なタイミングでの摘便の把握など、客観的な評価が可能になるという。新たな便秘症治療薬や診断技術の登場により、患者に最適な診断・治療のための選択肢が広がりつつあるようだ。
1)厚生労働省. 平成28年国民生活基礎調査.
2)Chang JY, et al. Am J Gastroenterol. 2010 Apr; 105(4): 822-832.
3)Honkura K, et al. Atherosclerosis. 2016 Mar; 246: 251-256.
4)赤澤寿美, 他. 自律神経. 2000; 37(3): 431-439.
5)Sumida K, et al. J Am Soc Nephrol. 2017 Apr; 28(4): 1248-1258.
6)Ohkubo H, et al. Clin Transl Gastroenterol. 2020 Sep; 11(9): e00230.
7)Nakajima A, et al. J Gastroenterol Hepatol. 2022 May; 37(5): 883-890.
8)Kurt E, et al. N Engl J Med. 1985 Aug; 313(5): 277-282.