脳疾患治療薬を開発するために、生体構造や機能を模した「ヒト血液脳関門モデル」が必要
東京薬科大学は7月4日、ヒト可逆的不死化細胞を立体的かつ階層状に組み合わせて、ヒトの血液脳関門を形態学的にも高度に模倣する新たなヒト血液脳関門モデル「階層スフェロイド型ヒト血液脳関門モデル」の開発に成功したと発表した。この研究は、同大薬学部 個別化薬物治療学教室の降幡知巳教授らと、千葉大学、エーザイ株式会社、小野薬品工業株式会社、熊本大学の研究グループによるもの。研究成果は、「Molecular Pharmaceutics」に掲載されている。
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中枢神経系疾患(以下、脳疾患)は、治療薬の開発が非常に難しい疾患領域とされているが、その原因の一つに血液脳関門の存在がある。血液脳関門は、脳毛細血管内皮細胞を実体とし、アストロサイトや脳ペリサイトとともに構築される脳特有の血管構造であり、血液中の有害物質が脳内に侵入することを防ぐ「バリア」の役割を担っている。しかし、このバリアは薬に対しても働いてしまう。薬にどれだけ薬理作用があっても、脳内に入らなければ治療薬として効果が発揮されない。そのため、脳疾患に対する治療薬の開発においては、血液脳関門を越えて薬を効果的に脳内へと運ぶキャリアを開発することが喫緊の課題となっている。
このような薬物脳送達キャリアとして抗体やペプチドが注目されており、その開発過程では、ヒト血液脳関門を越えて脳へと到達するものを見出す必要がある。これにあたり、ヒト血液脳関門を越えて脳へと到達する抗体やペプチドを効率的・的確に探索し、評価するための創薬基盤技術として、ヒト生体の構造や機能を模したヒト血液脳関門モデルが必要とされている。
hiMCS-BBBモデル、血液脳関門機能とタンパク質の受容体介在性トランスサイトーシスを確認
研究グループは、3種のヒト可逆的不死化血液脳関門細胞(HBMEC/ci18、HASTR/ci35、HBPC/ci37)を立体的かつ階層状に配置することにより、ヒト生体の血液脳関門を模倣する三次元型のヒト血液脳関門モデルを構築した(ヒト生体の血液脳関門を内外反転させた形態を有している)。これを、階層スフェロイド型ヒト血液脳関門モデル(human multicellular spheroidal blood-brain barrier model, hiMCS-BBBモデル)と呼ぶ。
同モデルでは、細胞間結合によるバリアや排泄トランスポーター機能など、基本的な血液脳関門機能が認められるとともに、トランスフェリンやインスリンのトランスサイトーシス(受容体介在性トランスサイトーシス)も認められた。
抗体やペプチドが脳に届くか否かを、ヒトに投与することなく見極められる可能性
そこで、抗体やペプチドのヒト脳移行性評価系としてのhiMCS-BBBモデルの性能を評価するため、抗体とペプチドを用いた透過性試験を行った。抗体の評価では、血液脳関門を透過するとされる抗トランスフェリン受容体抗体MEM189と、透過しないとされる抗トランスフェリン受容体抗体13E4を用い、ペプチドの評価では、血液脳関門を透過するSLSペプチドと透過しないDNPペプチド(いずれも熊本大学大槻教授の研究室にて開発)を用いた。
その結果、MEM189の血液脳関門透過性は13E4より高く、同様にSLSペプチドの血液脳関門透過性はDNPペプチドより高いことを示す結果が得られた。この結果より、同モデルを用いることで、抗体やペプチドがヒト脳に届くか否かを、ヒトに投与することなく見極めることが可能になると期待される。
抗体などを基盤とした薬物脳送達キャリアの探索・評価が可能に
今回開発したhiMCS-BBBモデルは際限なく作ることが可能だ。同研究においても、同モデルを繰り返し作ってさまざまな試験を行うことにより、その特性と有用性を検証することができたという。したがって、同モデルは、抗体やペプチドのスクリーニングを可能とするだけでなく、短期間に繰り返し安定した条件で実験を行うことも可能だという。
以上のことから、hiMCS-BBBモデルは生体模倣による高度な機能と汎用性の双方を持つ血液脳関門モデルであり、この特徴により、抗体やペプチドを基盤とした薬物脳送達キャリアの探索や評価が可能になると考えられる。
脳疾患に対する抗体医薬やペプチド医薬の開発を加速する創薬基盤技術となることに期待
今回開発されたhiMCS-BBBモデルが創薬現場で活用され、抗体やペプチドによる薬物脳送達キャリアがどれだけヒト脳に届くか予測することができるようになれば、効率的・効果的な臨床試験の実施が可能になると期待される。さらに、薬剤を効果的に脳へ送達させることが可能なキャリアが開発されれば、多様な新薬の創出につながることが期待される。
「hiMCS-BBBモデルは、中枢神経系疾患に対する抗体医薬やペプチド医薬の開発を加速する新たな創薬基盤技術になると期待される」と、研究グループは述べている。
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・東京薬科大学 プレスリリース