高所など低酸素環境で行う運動時に疲労を感じやすくなるのはなぜか
筑波大学は6月28日、運動時に生じる血中酸素飽和度(SpO2)の低下が注意や判断など脳の実行機能の低下(認知疲労)の一因かどうかを検証し、運動中のSpO2低下を防ぐと、運動後の左脳の前頭前野背外側部(DLPFC)の活動低下と実行機能低下のいずれも防止できることがわかったと発表した。この研究は、同大体育系ヒューマン・ハイ・パフォーマンス先端研究センター(ARIHHP)の征矢英昭教授、新潟医療福祉大学の越智元太講師らの研究グループによるもの。研究成果は、「Scientific Reports」に掲載されている。
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登山やトレイルランなど高所での身体活動やスポーツが人気を博すようになった。しかし、高所になればなるほど、運動が激しくなればなるほど疲労を感じやすくなり、転倒や滑落の危険も高まる。有酸素運動は脳(前頭前野背外側部:DLPFC)を刺激し、実行機能(注意集中、選択判断、抑制)を高めることが知られている。しかし、高所など低酸素環境で行う運動(低酸素下運動)や強度の高い激しい運動はその逆に、実行機能に悪影響を与える可能性がある。
低酸素環境+中強度運動で左脳DLPFCの活動低下と実行機能低下、先行研究で
研究グループはこれまで、高所環境を模倣した低酸素ガス(吸入する酸素濃度を低下させた空気)を用い、低酸素環境が実行機能に与える影響を調べてきた。その結果、13.5%酸素濃度(標高3,500m相当)の低酸素ガス吸入のみでは実行機能低下は起こらず、11%酸素濃度(標高5,000m相当)の低酸素ガス吸入で初めて実行機能が低下することを確認した。一方、実行機能低下が起こらなかった13.5%酸素濃度の低酸素環境であっても、10分間中強度運動を付加することで、左脳DLPFCの活動低下と実行機能低下、すなわち認知疲労を引き起こすことを見出した。
低酸素下の運動では経皮的動脈血酸素飽和度(SpO2)が安静時より下回ることから、認知疲労の一因として運動中のSpO2低下とそれに伴う脳への酸素供給低下が想定された。しかし、実際にそれを検証した報告はみられなかった。そこで研究グループは、認知疲労対処法開発に向け、低酸素下運動による認知疲労の生理機構を解明することを目的とし、運動時に生じるSpO2低下の関与を検証した。
運動時の低酸素条件が異なる2群を比較、認知疲労にSpO2低下が関与
研究の被験者は若齢健常成人14人(18〜24歳)で、課題・運動中ともに中程度低酸素ガス(13.5%酸素濃度)を吸入する中程度低酸素条件と、課題中は中程度低酸素ガス(13.5%酸素濃度)、運動中は軽度低酸素ガス(16.5%酸素濃度:標高2,000m相当)を吸入する軽度低酸素条件の2つの実験条件に参加した。
両条件とも参加者は10分間の中強度ペダリング運動を行い、その前後に実行機能課題であるストループ課題を行った。課題中の脳活動を機能的近赤外分光法(functional near-infrared spectroscopy:fNIRS)を用いて測定し、低酸素下運動によって低下することが確認されている左DLPFCの活動を評価した。
その結果、軽度低酸素条件では中程度低酸素条件に比べ、ストループ課題の成績低下が抑制され、その神経基盤として左DLPFCの活動低下改善が確認された。ストループ課題中の吸入酸素濃度およびSpO2は両条件で統一され、呼気ガスや心拍数にも差がみられなかったことから、低酸素下運動に誘発される認知疲労は、運動中に生じるSpO2低下(低酸素血)に起因して生じる可能性が示唆された。
SpO2モニタリングによる登山時の認知疲労発現予測などの開発に期待
研究により、低酸素下運動による認知疲労の生理機構として、低酸素運動に誘発される低酸素血の関与が明らかとなった。脳の認知疲労は、高所での活動に加え、マラソンや球技など長時間にわたる競技の後半で選手のパフォーマンスが低下する現象にも関わっている可能性がある。「この成果は、SpO2モニタリングによる登山時の認知疲労発現予測や、SpO2低下を抑制するような酸素吸入サポート・事前トレーニング法(例えば、低酸素環境への間欠的順化トレーニング)など、認知疲労の対処法開発につながることが期待される」と、研究グループは述べている。
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・筑波大学 TSUKUBA JOURNAL