なぜ、大きい運動のばらつきを示す個人が高い運動学習能力を有するのか?
筑波大学は6月22日、運動のばらつきを活用して探索することが、どのような運動に対してどのような誤差が生じるかという脳内表現を獲得する上で有効だと発表した。この研究は、同大システム情報系の井澤淳准教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Neural Networks」に掲載されている。
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スポーツ初心者は往々にしてばらつきの大きい運動軌道を生成するため、パフォーマンス(投球精度や得点率など)が低くなる。一方、アスリートは正確な運動軌道を生成することが可能だ。アスリートが高い精度で身体を制御することができるのは、運動の誤差をどのように修正すれば正しい運動が実現できるのかを「知っている」からだと考えられる。しかし、スポーツ初心者が示す運動のばらつきは、運動の修正方法を知る能力に大きく貢献している可能性がある。
運動制御の計算理論においては、脳は身体や環境の脳内表現、すなわち内部モデルを学習すると考えられてきた。これまで内部モデルの機能は、運動の予測(順モデル)と生成(逆モデル)を中心に研究されてきた。しかし、内部モデルの第3の機能、誤差に解釈を与えて効率的に運動の修正を導く(誤差伝搬感度)機能に関しては深く研究されていなかった。
一方、身体運動学の研究で「運動のばらつきが大きい個人は運動学習のスピードが速くなる」という相関関係が報告されている。同研究グループも、バーチャル空間のカーソルを10関節の動きで操作する運動学習タスクをデータグローブ(手指の関節角度を計測することができるヒューマンインターフェイス)で計測し、大きいばらつきを持つ被験者が高い学習能力を示すことを明らかにしている。しかし、なぜ大きい運動のばらつきを示す個人が高い運動学習能力を有するのか、その背景にあるメカニズムに関しては不明だった。速い運動学習スピード獲得の背景メカニズムを明らかにすることにより、誰もがアスリートのような高い運動能力を獲得することができるような社会が、感覚フィードバック技術などにより実現する可能性も考えられる。
脳が運動指令の膨大な空間を満遍なく探索することで、効率的な運動学習が可能になることなどを予測
順モデルは、次の瞬間に身体がどのように動くのかを予測しているだけではない。生じた運動誤差がどのような身体運動によって生成されたかを捉え、誤差を効率的に脳の学習メカニズムに伝えている。研究グループは今回、このことにより逆モデルの修正が行われるのではないかという仮説を立てた。そして、同仮説をニューラルネットワークによって構成される人工知能による身体運動制御システムとしてプログラムし、構成論的に検証した。
この人工適応システムは、順モデルの更新則を意味する漸化式と、逆モデルの更新則を意味する漸化式によって構成される。逆モデルの更新則が順モデルの関数行列(ヤコビ行列)を係数として持つことから、運動指令の修正量の更新則を、この関数行列を持つ漸化式として導くことが可能だ。さらに、式変形を通じて、運動指令の修正量が運動のばらつきの共分散行列を係数行列とする漸化式によって与えられることを導き、共分散行列の階数が共分散行列の次元に等しいことがその収束条件であることを導いた。
これらの結論から、「脳が運動指令の膨大な空間を満遍なく探索することにより、効率的な運動学習が可能になる」「脳が理想的な運動指令を獲得するためには、脳内において運動誤差の表現を最小化するような埋め込まれた機能や規範が必要」などが予測できたという。
「学習の困難」が運動ノイズの適切な調整で解決可能であることを予測
次に、同理論をニューラルネットワークモデルに実装し、これまでに研究グループが発見した、運動のばらつきの大きさと学習スピードとの正比例の関係や、他グループが発見した腕運動中における運動ノイズの大きさと学習スピードとの正比例の関係との整合性など、これまで不明だった現象を説明することができることを確認した。
また、リハビリテーションの場面で現れるような、脳にとって経験したことのない全く新奇の身体構造に対する学習の場面(DeNovo学習)で発見された「学習の困難」が、運動ノイズの適切な調整によって解決可能であることが予測されたとしている。
同理論をVR技術と融合し、学習促進システムやリハビリテーション技術を開発する予定
今回の研究により、直感的には好ましくないと考えられる運動のばらつきが、実は学習の観点からは必要不可欠であることが理論的に指摘された。また、適切な調整によって運動学習困難が解決可能であることも予測された。
「一部のトップアスリートだけでなく、誰もが平等にスポーツを楽しめる社会の実現のために、こうした研究を積み重ねて運動学習の計算論を明らかにし、学習促進の理論を構築することが大切だと考えている。本理論をVR技術と統合し、学習促進システムの開発やリハビリテーション技術の開発へ展開する予定だ」と、研究グループは述べている。
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・筑波大学 TSUKUBA JOURNAL