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慢性的ストレスで血液脳関門の機能が低下、そのメカニズムにVEGFが関与-NCNP

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2022年06月23日 AM10:38

」の障害で惹起される脳内炎症、分子メカニズムは不明だった

国立精神・神経医療研究センター()は6月22日、持続的にストレスを受けると血液と脳とを隔てている「血液脳関門」の機能が低下するという、新たなメカニズムを発見したと発表した。この研究は、同センター神経研究所疾病研究第三部 功刀浩(前部長、現・帝京大学医学部精神神経科学講座主任教授)、松野(鈴木)仁美(同研究部研究員)、惣谷和広(同研究部前室長、現・佐賀大学医学部准教授)らの研究グループによるもの。研究成果は、「Molecular Psychiatry」に掲載されている。


画像はリリースより
(詳細は▼関連リンクからご確認ください)

うつ病は、世界人口の約4%が罹患しているとされる頻度の高い精神疾患であり、気分の落ち込みや興味・関心の低下、不眠など、さまざまな心身の症状を呈する。また、長期的な休職や自殺などの重大な要因にもなり、現在の薬物療法では回復しない場合も多いことから、病気の原因をさらに解明し、新たな治療法の開発を行うことが急務とされている。

近年の研究から、脳を血液中の有害物質から守る「血液脳関門」がストレスなどによって障害され、脳内の炎症反応が惹起されることが示唆されている。脳内炎症を引き起こす分子メカニズムが明らかになれば、新しい治療法の開発につながることが期待できる。

2015年に研究グループは、うつ病患者の約20%で脳脊髄液中のフィブリノーゲン値が高くなっていることを発見し、報告している。フィブリノーゲンは出血などの際、血液凝固において重要な働きをするタンパク質であり、健康な脳では血液脳関門の働きによって脳脊髄液中にはほぼ入ってこない。フィブリノーゲンが脳内に入ると、脳内の免疫を司る細胞であるミクログリアが活性化し、脳内炎症を引き起こす。この結果は、「うつ病患者では血液脳関門の機能低下が起こることで脳内炎症が生じている」可能性を示唆している。また、うつ病患者の血液は健常者と比べ、血管透過性の亢進作用を持つ血管内皮増殖因子(VEGF:vascular endothelial growth factor)の濃度が高いことが報告されている。そこで研究グループは今回、「VEGFがうつ病発症に伴う血液脳関門機能の低下に関与しているのではないか」という仮説を立て、研究を行った。

一部のうつ病患者では血液中と脳内でVEGFシグナルが過剰に働いている可能性

血液脳関門は血液と脳組織間で必要な物質輸送を行う一方、血液からの病原体や有害物質の侵入に対するバリア構造として機能し、中枢神経系の機能を正常に維持するための重要な働きを担っている。正常な脳では血液脳関門の働きにより、物質の透過性が厳密にコントロールされており、脳脊髄液中のタンパク質濃度は低レベルに維持されている。

研究の結果、脳脊髄液中での総タンパク質濃度およびフィブリノーゲン濃度が高いうつ病患者では、血液中のVEGF濃度が高い傾向があることが判明。さらに、脳脊髄液中の総タンパク質濃度が高いうつ病患者では、脳脊髄液中の可溶性VEGFR2(VEGFの受容体の1つ)の濃度が高い傾向を示した。これらのことから、一部のうつ病患者では、血液中と脳内の両方でVEGFシグナルが過剰に働いていることが示唆された。

血液脳関門の機能低下により脳内炎症が誘導、うつ病モデルマウスで確認

次に、慢性拘束ストレスを与えたうつ病のモデルマウスで検討したところ、うつ様行動の発現に伴って血液中と脳内でのVEGFレベルが増加していた。さらに、うつ病モデルマウスの一部の脳領域(海馬と扁桃体)で、血管の物質透過性が増大していることが判明した。脳血管内皮細胞には「タイトジャンクション」と呼ばれる細胞同士の接着構造があり、物質の透過性が厳密にコントロールされている。うつ病モデルマウスでは、通常のマウスと比べてこの接着構造に多くの隙間ができていたという。

また、内皮細胞が血液中の物質を細胞内に取り込んだのち、細胞内小胞に入れて脳組織側へ放出する「トランスサイトーシス」と呼ばれる輸送経路も異常に活性化していることも明らかになった。血管透過性が亢進している脳領域では、ミクログリアの形態変化や、炎症性サイトカイン発現の増加が起きており、血液脳関門の機能低下により脳内炎症が誘導された可能性が示唆された。さらにVEGFR2の機能を薬理学的に阻害すると、うつ様行動の改善とともに、慢性ストレスによる血液脳関門の透過性およびバリア構造の異常が有意に抑制されたという。

2中和抗体で、血液脳関門の変化やうつ様行動を抑制

これらの結果から、持続的なストレスを受けた脳では、血液中と脳内のVEGFレベルが増加しVEGFR2のシグナルが亢進、血液脳関門を構成する血管内皮細胞をつなぐタイトジャンクションが崩れ、細胞間に隙間が増えるだけでなく細胞内小胞が増加することで、血液側から脳実質側への細胞内輸送が増加することが示唆された。

血液中の分子が脳実質内に入りやすくなると、脳内に侵入した分子(有害物質など)がミクログリアを活性化して炎症性サイトカインの産生が促進され、神経炎症が惹起される。これら一連の過程を経て、うつ様行動が誘発されると考えられる。実際に、VEGFR2の阻害作用をもつ中和抗体は、上述の血液脳関門の変化やうつ様行動を抑制した。

うつ病を含むストレス性精神疾患の新たな治療薬開発に期待

今回の研究成果により、慢性的なストレスによって血液脳関門の機能低下が生じ、それにより脳内炎症が引き起こされていること、そのメカニズムにVEGFが関与している可能性が示された。

「VEGFR2の薬理学的な阻害に抗うつ効果が認められたことより、うつ病をはじめとするストレス性精神疾患の新たな治療薬の開発につながることが期待される」と、研究グループは述べている。

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