自閉スペクトラム症や統合失調症と関連のCNVは複数報告、双極性障害発症は?
名古屋大学は6月17日、主要な精神疾患である双極性障害、統合失調症、自閉スペクトラム症を対象に、ゲノム変異のタイプであるゲノムコピー数変異(CNV)の発症に対する関与について調べた結果、双極性障害でみられるCNVは小規模な欠失が多く、大規模なCNVが多い自閉スペクトラム症や統合失調症とは異なることを見出したと発表した。この研究は、同大大学院医学系研究科精神疾患病態解明学の尾崎紀夫特任教授、医学部附属病院ゲノム医療センターの久島周病院講師、総合保健学専攻実社会情報健康医療学の中杤昌弘准教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Biological Psychiatry」に掲載されている。
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双極性障害と診断された患者の血縁者には、双極性障害に限らず、自閉スペクトラム症や統合失調症と診断された人が、一般集団と比べて多いことが報告されている。この3疾患の発症には遺伝要因が比較的強く関与するが、3疾患に共通するリスク変異も近年報告されている。これらの知見から、3疾患の遺伝要因の少なくとも一部は共通する可能性があるが、詳しいことはわかっていない。3疾患を直接比較したゲノム解析から、3疾患の遺伝要因の共通性と特異性が明確になると考えられる。
自閉スペクトラム症や統合失調症の発症に、代表的なゲノム変異のタイプであるゲノムコピー数変異(CNV:欠失もしくは重複)が強く関与することが、同研究グループの過去の報告を含め、再現性を持って確認されている。染色体上のゲノム領域のコピー数は、通常1コピーずつ父親と母親から受け継ぐため2コピーある。しかしCNVでは、これが1コピー以下(欠失)あるいは3コピー以上(重複)に変化している。ゲノム上の特定の領域に存在するCNV(22q11.2欠失、3q29欠失等)が、自閉スペクトラム症や統合失調症の発症リスクに強く関与する。このようなCNVは遺伝子の発現を変化させ、中枢神経系の発達に影響を与えることで、発症リスクにつながると考えられている。一方、双極性障害とCNVの関連性は、自閉スペクトラム症や統合失調症と比較すると十分明らかになっていない。
さらに、従来のCNV解析ではタンパク質の設計図である遺伝子が存在する領域(コーディング領域)が中心で、それ以外の領域(ノンコーディング領域)に位置するCNVの意義は十分に検討されていない。そのため、コーディング領域に加え、ノンコーディング領域のCNVを3疾患で直接比較することで、遺伝要因さらには分子病態の共通点や相違点が明らかになり、病態に基づく新たな診断体系や新規治療法の開発につながることが期待される。
日本人での頻度が1%未満のCNVに着目、3疾患にみられるCNVの特徴を詳しく比較
研究グループは今回、CNVが統合失調症や自閉スペクトラム症に加え、双極性障害の発症にも関与する可能性を考え、3疾患の患者と健常者を対象に大規模なゲノム解析を実施。国内20以上の精神科施設が参加するオールジャパンの多施設共同研究として、全体で8,708例(双極性障害1,818例、統合失調症3,014例、自閉スペクトラム症1,205例、健常者2,671例)のCNVを、アレイCGHという手法で調べた。3疾患のCNVを同時に解析した研究としては国際的にも最大規模だ。
日本人において頻度が1%未満のまれなCNV(全体で2万5,654個を同定)に着目し、3疾患にみられるCNVの特徴について詳しく比較。その結果、複数のことが明らかになった。
双極性障害では小規模サイズの欠失が多く存在、発症への関与が示唆
CNVサイズが大きいほど、より多くの遺伝子の発現が変化するため、その分布の特徴を知ることは重要だ。各疾患の患者と健常者の間で遺伝子領域のCNVを比較した結果、双極性障害では小規模サイズ(10万塩基(100kb)以下)の欠失が多く存在し、大規模サイズ(500kb以上)の欠失・重複が多い自閉スペクトラム症や統合失調症とは異なるパターンを示した。したがって、双極性障害では小規模サイズの欠失(比較的少数の遺伝子が影響を受ける)が発症に関与することが示唆された。
自閉スペクトラム症や知的能力障害等の神経発達症と関連する既知のリスクCNVが多数知られている。このようなリスクCNVの保有者は、双極性障害、統合失調症、自閉スペクトラム症のそれぞれで、4.6%、6.9%、6.7%で、健常者の1.8%よりも有意に高い頻度だった。このことから、既知のリスクCNVは、3疾患の発症リスクに関わることがわかった。リスクCNVが発症に与える影響の強さは、双極性障害は2.9倍、統合失調症は3.7倍、自閉スペクトラム症は4.2倍だった。したがって、既知のリスクCNVが双極性障害の発症に与える影響は、残り2疾患に対する影響よりも小さい傾向が明らかになった。
3疾患ともクロマチン機能異常が関与、統合失調症・自閉スペクトラム症では分子病態に共通点が多い
既知のリスクCNVの中で、各疾患患者で健常者よりもCNVが多くみられるゲノム領域を調べた結果、3疾患のいずれかの発症リスクに関わる領域を12か所同定した(双極性障害3か所、統合失調症6か所、自閉スペクトラム症3か所)。双極性障害では、3つの遺伝子(PCDH15、ASTN2、DLG2)の関与が明らかになった。この3遺伝子は、これまでの基礎研究から神経回路(神経細胞同士のつながり)の形成・機能に関わることが示唆されている。その他、統合失調症では22q11.2欠失、1q21.1欠失、NRXN1等との関連が、自閉スペクトラム症では16p11.2重複、22q11.2重複、CNTN6との関連が明らかになった。
疾患の理解や治療法の開発を進めるうえで、患者のゲノム変異(CNV)がどのようなメカニズムで精神疾患を引き起こすかを知ることが重要だ。そこで、CNVでコピー数が変化した遺伝子の生物学的機能の情報から、各疾患の病態にどのような機能異常が関与するかを統計学的な手法を用いて調べた。双極性障害を含む3疾患共通の分子病態に、クロマチン機能(クロマチンは遺伝子発現の調節にも関与する)との関連が唯一示唆された。一方、自閉スペクトラム症と統合失調症には、より広範な分子病態(クロマチン機能以外のシナプス、酸化ストレス応答、転写制御等)が関与し、かつ、この2疾患の分子病態には共通点が多いことがわかった。
ノンコーディング領域のCNVも自閉スペクトラム症・統合失調症の発症に関与する可能性
従来のCNV解析は、タンパク質の設計図である遺伝子が存在するゲノム領域を中心に研究が行われてきた。しかし、ヒトゲノムの約98%はそのような遺伝子が存在しないノンコーディング領域で、遺伝子の発現調節に関与することが知られている。しかし、ノンコーディング領域に存在するCNVが精神疾患の発症に関与するかは不明だったため調査を行った。
これまでの研究から、脳組織で発現調節の役割をもつノンコーディング領域(エンハンサーやプロモーター)が報告されており、その領域のCNVが各疾患の発症リスクに関連するかを統計学的に調べた。その結果、ノンコーディング領域のCNVが自閉スペクトラム症・統合失調症のリスクと有意に関連することが明らかになった。ノンコーディング領域のCNVも遺伝子発現の調節に影響を及ぼし、自閉スペクトラム症・統合失調症の発症に関与する可能性が考えられた。
今回の知見が、3疾患の発症メカニズム解明や新規治療薬開発につながることに期待
今回の研究成果により、自閉スペクトラム症や統合失調症との強い関連が知られていたCNVが、双極性障害にも関与する可能性が示唆された。双極性障害の分子病態としてクロマチン機能の関与が示唆されたが、双極性障害治療薬のバルプロ酸の薬理作用にも、クロマチン機能が関与する可能性が指摘されている。双極性障害との関連が明らかになった遺伝子(PCDH15、ASTN2、DLG2)は、神経回路機能に関わることがこれまでの研究から示唆されている。現在、PCDH15、ASTN2欠失を有する双極性障害患者及び22q11.2欠失、3q29欠失を有する自閉スペクトラム症・統合失調症患者から作製したiPS細胞や、これらの変異に基づき作製したモデルマウスを用いて、変異からどのようなメカニズムで、精神疾患の発症に至るのかを検討中だという。
「今後、自閉スペクトラム症、統合失調症、双極性障害の発症メカニズムの理解から、病態に基づく新たな診断体系や新規治療法の開発につながることが期待される」と、研究グループは述べている。
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