従来のショートリードシークエンス技術では、多くの遺伝的原因を同定できなかった
東京大学は6月16日、網膜色素変性患者15人について、ロングリードシークエンス技術を用いて全ゲノムの塩基配列解析を行い、うち2人において構造変異の一種である大きなDNAの欠損(欠失)が疾患の原因となっていることを明らかにしたと発表した。この研究は、同大大学院医学系研究科の左野裕介特別研究学生(研究当時)、藤本明洋教授、九州大学大学院医学研究院の秋山雅人講師、園田康平教授、理化学研究所生命医科学研究センターの桃沢幸秀チームリーダーらの共同研究によるもの。研究成果は「Journal of Medical Genetics」誌にオンライン掲載されている。
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網膜色素変性は、視力低下や視野異常など、進行性の視覚障害をきたす疾患で、日本の中途失明原因第二位である。最初に現れる症状としては薄暗い場所での見えにくさなどが挙げられる。メンデル遺伝病の一種であり、80を超える遺伝子が原因として知られている。研究グループは以前の研究で、常染色体優性遺伝形式、常染色体劣性遺伝形式、X連鎖劣性遺伝形式などの遺伝形式を取る網膜色素変性の日本人患者1,204人を対象に従来の遺伝子解析技術であるショートリードシークエンス技術で遺伝的原因を調べたが、7割以上の患者について原因を同定することができなかった。
ロングリードシークエンスにより、EYS遺伝子に2つの大きな欠失を発見
今回の研究では、以前の研究で原因遺伝子が同定できなかった患者のうち、EYS遺伝子の片方の染色体のみに病原性変異が同定された15人を選択した。これは、EYS遺伝子が父親由来・母親由来双方の染色体に変異が生じることで疾患の原因となる常染色体劣性(潜性)遺伝子であり、もう片方の染色体に従来の方法(ショートリードシークエンス技術)で見つけることが難しい病原性変異が存在する可能性が高いと考えられたためだという。
ロングリードシークエンスは構造変異や反復領域における変異の検出が可能であり、ショートリードシークエンスの技術的限界を補うことが可能な技術である。研究グループは、この技術を用い全ゲノム解析を行った。CAMPHORソフトウェア(ロングリードシークエンスのデータから構造変異を検出する手法)を用いて解析したところ、89の定型網膜色素変性関連遺伝子において、15の構造変異が同定された。この中で、メンデル遺伝形式の遺伝性疾患に矛盾しない頻度の低い変異を探索したところ、EYS遺伝子における2つの欠失と、RP1L1遺伝子における1つの欠失が発見された。RP1L1遺伝子もEYS遺伝子と同様に常染色体劣性遺伝形式であるが、RP1L1遺伝子に構造変異が同定された患者は、先行研究においてもう一方の染色体に病原性変異は検出されておらず、RP1L1遺伝子が原因遺伝子と断定することはできなかった。
EYS遺伝子における2つの欠失はいずれも反復領域に切断点を有する連続した30万塩基を超えるサイズの欠失だった。この大きな欠失は複数のエクソン領域を欠損する変異であり、健常者において存在する割合が極めて低いことから病原性変異である可能性が高いと考えられた。先の研究で同定された病原性変異と併せて、EYS遺伝子にタンパク質の機能を喪失させる可能性が高い2つの変異が同定されたことから、これらの2人においてはEYS遺伝子が原因遺伝子であると結論づけた。また、これらの2つの大きな欠失は他の1,189人の日本人網膜色素変性患者では検出されず、創始者変異(集団内においてその子孫に広まっていった遺伝子変異)である可能性は低いと考えられた。
従来の方法では変異同定できなかった疾患の原因解明にも期待
今回の研究では、従来の遺伝子解析手法で原因が特定できなかった患者を対象として研究を行い、これまでに開発されたゲノム解析手法が遺伝性疾患の原因探索において有用であることが示された。「本研究で用いた遺伝子解析技術は、従来の方法で原因遺伝子変異が同定できない患者における疾患の原因解明に貢献することが期待される」と研究グループは述べている。
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