がんに起因する不調に関わる宿主側の因子を探索
東北大学は6月13日、がんによって全身に不調が生じる理由を、がんマウスの肝臓に焦点を当てて研究し、がんが、離れた位置にある肝臓でニコチンアミドメチル基転移酵素(NNMT)の発現量を増加させ、このことによって多様な代謝異常を引き起こしていることを見出したと発表した。この研究は、同大加齢医学研究所生体情報解析分野の河岡慎平准教授(京都大学医生物学研究所臓器連関研究チーム特定准教授を兼務)らと、東京大学、九州大学、京都大学の研究グループとの共同研究によるもの。研究成果は、「Nature Communications」に掲載されている。
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根治不能ながんは身体にさまざまな悪影響を及ぼす。例えば、食欲の減退、肝臓や脂肪組織の代謝異常、体重の減少等だ。これらの異常は臨床的にはがん悪液質として知られ、患者の生活の質や生命予後を著しく悪化させる。医療費を増大させることも知られており、がん悪液質を適切に制御する方法の開発が望まれている。
しかし現時点では、がんによって身体に生じる不調を強力に抑制する方法は見つかっていない。その病態に複数の宿主の臓器、がん由来・宿主由来の因子が関わっており、不調のメカニズムがわかっていないことが主な理由として挙げられる。同大河岡慎平准教授の研究チームは、がんに起因する不調に関わる宿主側の因子を見つける、というアプローチによってこの問題に取り組んできた。
乳がんや大腸がんマウスの肝臓でNNMT発現量増加
研究グループは、乳がんや大腸がんをもつマウス個体の肝臓において、ニコチンアミドメチル基転移酵素(NNMT)の発現量が増えることに着目した。NNMT は S-アデノシルメチオニンのメチル基をニコチンアミドへと転移させ、メチルニコチンアミドとS-アデノシルホモシステインを作りだす酵素。担がんマウスの肝臓ではメチルニコチンアミドの量も増えていた。
がんマウスではNNMTを介し肝臓の代謝回路の異常
NNMT・メチルニコチンアミドが増加することにはどのような意味があるのか。この問いに答えるため、NNMTをもたないマウス(NNMT欠失マウス)を作製。このマウスでは、がん依存的なNNMT・メチルニコチンアミドの増加は完全にキャンセルされる。そこで、NNMTをもつマウスとNNMTをもたないマウスにがんを移植し、肝臓のトランスクリプトームやメタボロームを比較することで、がんが肝臓に引き起こす異常のうち、どの異常にNNMTが関わっているのかを調べることにした。
その結果、NNMTをもたないマウス個体では、がんによって肝臓に生じる異常の一部が緩和されていることがわかった。特に着目したのは、ウレア回路(尿素回路)の異常の緩和である。ウレア回路とはタンパク質やアミノ酸の分解で生じた有毒なアンモニアを無毒な尿素へと変換して体外に排出する極めて重要な代謝回路。がんをもつ個体ではウレア回路が抑制されており、NNMTの欠失はこれを緩和した。また、この異常の少なくとも一部がメチルニコチンアミドによって説明できることもわかった。以上から、がんが宿主のNNMTを介して肝臓の代謝異常を引き起こしていることを明らかにした。
ヒトがん患者にも適用できるかは今後の課題
がんによって身体に生じる異常は複雑で多様であり、その全貌をつかむことは困難だ。今回の研究によって、この複雑な現象をNNMTという視点から整理できるようになった。研究グループは、今後、NNMTに依存的な代謝異常のメカニズムを追っていくとしている。
研究では、NNMTが関与しない異常も見つかっていた。「これらの異常に関わるNNMT以外の分子を見つけることで、がんによる異常を個別に切り分けて理解できると考えている。今回の発見をヒトがん患者にも適用できるかを明らかにすることも、今後の重要な展開の一つだ」と、研究グループは述べている。
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