5-FU系抗がん剤の副作用発現を予測できる、日本人集団の遺伝子多型マーカーはなかった
東北大学は6月16日、東北メディカル・メガバンク機構(ToMMo)が公開する「日本人全ゲノムリファレンスパネル」を利用して、5-FU系抗がん剤の代謝酵素DPDの41種類の遺伝子多型バリアントタンパク質について、酵素機能に与える影響とそのメカニズムを解明したと発表した。この研究は、同大未来型医療創成センター(INGEM)の菱沼英史助教と大学院薬学研究科の平塚真弘准教授(生活習慣病治療薬学分野、ToMMo、INGEM、東北大学病院兼任)らの研究グループによるもの。研究成果は「Frontiers in Pharmacology」誌に掲載されている。
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5-FU系抗がん剤は多くの固形がんの治療に使用される薬剤であるが、10〜30%の患者に、骨髄抑制、下痢、手足症候群などの重篤な副作用を引き起こすため、治療開始前にその発現を予測することは極めて重要である。生体に投与された5-FUは、その大部分が解毒代謝酵素であるDPDにより分解されることが知られている。DPDはDPYD遺伝子にコードされており、4種類の遺伝子多型が5-FU系抗がん剤の副作用予測マーカーとなることが、欧米の研究で既に明らかになっており、治療ガイドラインにもこれらの遺伝子型に基づいた投与量調節に関する記載がなされている。しかし、DPYD遺伝子多型の位置や頻度には民族集団差が存在し、副作用予測マーカーとなる遺伝子多型は日本人集団では同定されていなかった。
近年、ToMMoによる大規模な一般住民集団の全ゲノム解析によって、存在頻度が低いためにこれまで見落とされてきた遺伝子多型が数多く同定されている。日本人集団で副作用発現を予測するゲノムマーカーを特定するためには、これら低頻度の遺伝子多型を含めた網羅的な機能解析が必要である。同研究グループでは、これまでに日本人1,070人の全ゲノム解析で同定されたDPYD遺伝子多型に由来する、酵素タンパク質のアミノ酸配列の一部を人工的に置換したDPDバリアント酵素を作製し、酵素と5-FUを反応させて代謝物の生成量を測定することで、その酵素機能の変化を解析してきた。
41種のバリアント中、9の遺伝子多型でDPD酵素の機能が著しく低下
今回、日本人3,554人の全ゲノム解析で同定されたDPYD遺伝子多型に対象を拡大し、41種のDPDバリアントについて網羅的な機能解析を行った。その結果、9種類の遺伝子多型でDPD酵素の機能が著しく低下することが明らかとなった。また、酵素機能が低下するメカニズムとして、アミノ酸置換に伴って酵素の複合体形成能が低下することや活性発現に重要な補因子結合部位の立体的構造が変化する可能性が、3次元(3D)シミュレーション解析により明らかとなった。これらの機能変化情報は、ToMMoが運用する日本人多層オミックス参照パネルデータベース上にPGx情報として登録・公開予定であるという。
今回特定された酵素機能が低下するDPYD遺伝子多型を有する患者は、代謝が遅延することで5-FUの血中濃度が上昇するため、重篤な副作用を発現する可能性がある。これらの大部分の遺伝子多型は非常に低頻度で、主にアジア人集団のみで同定されており、これまでに有用な副作用予測マーカーが同定されていない民族集団における潜在的な5-FUによる副作用発現の原因であることが示唆される。2022年6月現在、ToMMoでは、全ゲノムリファレンスパネルのデータを1万4,000人の規模まで拡大しており、新たに同定された遺伝子多型についても現在解析を進めている。「研究の成果は、5-FU系抗がん剤で重篤な副作用が発現する可能性が高い患者を遺伝子多型診断で特定し、個々に最適な個別化がん化学療法を展開する上で、極めて重要な情報となることが期待できる」と研究グループは述べている。
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