DMD患者のQOLに影響を与える脳症状、治療法開発が求められている
国立精神・神経医療研究センター(NCNP)は6月16日、DMD遺伝子の変異は自閉症スペクトラム様の症状を起こし得ることを明らかにし、核酸医薬によるエクソン・スキップあるいはメッセンジャーRNA医薬により、脳ジストロフィンの発現を回復させることで、自閉症スペクトラム様の症状を治療できる可能性を示したと発表した。この研究は、同研究センター神経研究所遺伝子疾患治療研究部の橋本泰昌特別研究員、青木吉嗣部長、関口正幸客員研究員、東京医科歯科大学の位髙啓史教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Progress in Neurobiology」オンライン版に掲載されている。
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難病のデュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)では、DMD遺伝子の変異により、筋細胞膜や脳からジストロフィンの発現が無くなり、筋力や心機能の低下に加えて、3割程度の患者では自閉症スペクトラム等の脳症状を合併する。2020年、NCNPの研究グループは国内製薬企業と共同で、DMD患者の筋力低下や筋萎縮の改善を目的として、国産初の核酸医薬品であるエクソン53スキップ薬(ビルトラルセン)の開発に成功した。次のステップとして、DMD患者のQOLに影響を与える、脳症状の改善を狙った治療法開発が求められている。
Dp427に加えてDp140が脳に発現しないDMD患者ではASD様症状が起こりやすい
DMD遺伝子からは、骨格筋や脳に発現する長いジストロフィン(Dp427)や脳の扁桃体等に発現する短いジストロフィン(Dp140)が合成される。DMD遺伝子のエクソン44より上流に遺伝子変異がある場合にはDp427は発現しないが、エクソン45より下流に遺伝子変異がある場合にはDp427に加えてDp140は発現しないことが知られている。Dp427だけが脳に発現しない患者と比べて、Dp427に加えてDp140が脳に発現しないDMD患者では、自閉症スペクトラム様の症状が起こりやすいことが知られている。しかし、Dp140が脳に発現しない場合、自閉症スペクトラム症様の症状がより生じやすくなるメカニズムは明らかではない。
Dp427・Dp140欠損マウスを作製、ASD様症状と扁桃体での興奮性ニューロン機能低下を確認
今回の研究では、Dp427だけが脳に発現しないmdxマウス、Dp427に加えてDp140が脳に発現しないmdx52マウス、野生型マウス(WT)を使用。各マウスの扁桃体を対象に、ニューロン(神経細胞)同士の接続部であるシナプスの機能や構造と、マウス社会性行動との関係を、電気生理・光遺伝学解析などを駆使して詳細に調べた。
研究の結果、mdx52マウスでは、初対面マウスに対して、自閉症スペクトラム様の社会的コミュニケーション異常を認め、mdxマウスや野生型マウスと比べて、扁桃体では興奮性ニューロン機能の低下が確認された。
核酸医薬またはmRNA医薬投与で、モデルマウスの脳症状正常化
Mdx52マウスを対象に、ビルトラルセンと同様のエクソン53スキップの作用機序を持つ核酸医薬あるいはmRNA医薬を脳内に投与し、Dp140の発現を回復させた。その結果、興奮性ニューロンの機能や自閉症スペクトラム症様の症状は正常化した。
以上より、DMDモデルマウスを用いて、脳ジストロフィンDp140の欠損により自閉症スペクトラム様の症状を合併するメカニズムが解明され、また、核酸医薬あるいはmRNA医薬による脳ジストロフィンDp140の発現回復は、前述の脳症状の新たな治療法になり得ることが世界で初めて示された。
新規治療法開発につながり、DMD患者のQOL向上に貢献の可能性
今回の研究成果は、DMD患者で自閉症スペクトラム様の症状が合併するメカニズムの理解に基づいた、新しい治療法の開発につながり、DMD患者のQOLの向上に貢献できると考えられる。さらに、脳ジストロフィンの欠損は自閉症スペクトラムの一因であるとの発見は、社会的に注目される、代表的な発達障害を、先端遺伝子治療で治す時代の到来を予感させるとしている。
筋ジストロフィーを対象にした最先端の核酸医薬(エクソン・スキップ薬)あるいはmRNA医薬の開発基盤は、広く精神・神経・筋難病に応用でき、将来的に難病の克服に大きく貢献できると考えられる、と研究グループは述べている。
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