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介護施設入所者に対する薬物療法の安全性調査の結果を発表-京都府医大ほか

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2022年06月17日 AM11:01

入所者の40%が9種類以上の薬を服用という報告の一方、安全性リスクの報告は乏しい

京都府立医科大学は6月16日、高齢者介護施設(以下、介護施設)の入所者における薬剤性有害事象(Adverse Drug Event:薬剤の使用に伴う健康被害、以下ADE)および薬剤関連エラー(Medication Error:薬剤の使用に伴う予期せぬ逸脱、以下ME)の発生頻度についての臨床疫学的調査を行い、その結果を発表した。この研究は、同大大学院医学研究科精神機能病態学の綾仁信貴客員講師(舞鶴医療センター臨床研究部長)、成本迅教授、桑原明子助教、大矢希病院助教、北岡力大学院生および兵庫医科大学臨床疫学の森本剛教授、作間未織講師との共同研究によるもの。研究成果は、「BMJ Quality & Safety」に掲載されている。


画像はリリースより
(詳細は▼関連リンクからご確認ください)

2020年における先進国における65歳以上の高齢者(以下、高齢者)の割合(高齢化率)は、アメリカ16.6%、カナダ18.1%、イギリス18.7%、フランス20.8%、ドイツ21.7%、イタリア23.3%であり、世界全体の高齢化率(9.3%)と比べて高い傾向にある。中でも日本は28.1%(3600万人以上)と世界で最も高齢化率の高い国となっており、高齢化に伴って日常生活にサポートを必要とする高齢者も増加している。

日本の介護サービスを利用する高齢者はこの20年間で180万人から550万人と約3倍に増加し、高齢者の16%が何らかの介護サービスを利用しているという状況だ。高齢者向け居住施設の利用者も同様に増加しており、2018年の時点で介護サービス利用者の約4割(210万人)が施設でのケアを受けている。他の先進国でもこの傾向は同様であり、例えば米国では2016年の時点で高齢者の12%(570万人)が介護サービスを利用し、このうち33%(190万人)が施設ケアを受けているが、世界的な高齢化の進行に伴い、今後多くの国で施設ケアを含む高齢者向け介護サービスの需要が増加していくことが予想されている。

多くの高齢者は慢性疾患に対して薬物療法を受けているが、介護施設入所者の40%が9種類以上の薬を服用しているという報告があり、介護施設入所者はADEおよびMEといった、薬の使用に関わる安全上のリスクを抱えているといえる。しかし介護施設での薬物療法の安全性に関する報告は世界的に乏しく、特に欧米諸国以外からの報告は対象者の少なさに加え、調査内容も限られており、日本を含む非欧米諸国における介護施設の薬物療法の疫学は明らかではなかった。

4つの介護施設における1年間のADE/MEを調査、JADE-Studyの一環

「JADE-Study」(日本薬剤性有害事象研究)は日本のさまざまな治療現場におけるADE・MEを調査する観察研究。共同研究者の兵庫医科大学の森本剛教授により確立された緻密な調査方法(経過記録・処方歴・検査結果を含む全てのケアに関する記録に加え、施設内で発生した事故やエラーの報告(・レポート)、薬局からの問い合わせ(疑義紹介)を網羅的に調査し、得られた情報を複数名の医師により検証する方法)により、施設内で生じたADE・MEを高い精度で収集するとともに、同時に収集した調査対象者の背景情報との関連を調査することができる特徴がある。

今回の研究はJADE-Studyの一環として、2016年8月からの1年間に4つの介護施設(2施設、2施設)に入所したショートステイ以外の全入所者を対象に、介護記録を前向きに調査する方法で行った。介護施設の入所者は多くが認知症を有していることから、今回の調査は、同様の調査に十分な経験を持つ内科医2人の指導のもと、高齢者のケアに十分な知識と経験を持つ精神科医5人と臨床心理士6人により行われた。収集されたイベントは医師全員により内容が検証され、ADE・MEに該当するか否か、原因薬剤は何かに加えて、ADEについてはその重症度と予防可能性が、MEについては発生した段階と責任職種が、それぞれ同定された。

100人・月あたりの発生率、ADE約36件、ME18件

研究には459人(総入所月数:3,315人月)が参加し、入所期間の中央値は7.6月(四分位範囲:2.6-12月)で、調査期間中の新規入所者は188人だった。全入所者の42%が調査期間中に退所し、退所者の27%は死亡による退所だった。平均年齢は85.6歳(標準偏差:7.0)で、入所者の64%が85歳以上であり、75%が女性だった。日常生活動作を評価するための尺度であるバーセルインデックス(以下、BI)の中央値は50(四分位範囲:25-80)で、BIに従った入所者の自立度の内訳は、自立(≧85)が22%、軽度介助(≧60,<85)が25%、中等度介助(≧40,<60)が22%、重度介助(<40)が32%だった。調査開始時に使用されていた薬剤数の中央値は4(四分位範囲:2-6)で、47%の入所者が5種類以上の薬剤を服用していた。

調査の結果、ADEは全対象者の73%にあたる336人に対して1,207件、MEは全対象者の39%にあたる177人に対して600件同定され、その発生率(incidence)は100人月あたりそれぞれ36.4件(95%信頼区間:34.4-38.5)と18.1件(95%信頼区間:16.7-19.5)だった。また予防可能なADE(MEを伴うADE)と潜在的なADE(ADEにつながった可能性のあるME)の発生率は、100人月あたりそれぞれ13.2人(95%信頼区間:11.9-14.4)と4.4人(95%信頼区間:3.2-5.7)であり、ADE全体の3分の1は、予防可能なADEだった。

致死的ADE3割、命に係るADE4割は向精神薬で、全ADEの約5%が薬の減量・中止で発生

ADEの重症度(致死的、命に係る、重大、重要)別の件数は、それぞれ10件(0.8%)、35件(2.9%)、153件(12.7%)、1,009件(83.6%)であり、重症度別の発生率および95%信頼区間は、100人月あたりそれぞれ0.3(0.1-0.5)、1.1(0.7-1.4)、4.6(3.9-5.3)、30.4(28.6-32.3)だった。致死的なADEの30%、生命に係るADEの40%が向精神薬によって生じており、全ADEの約5%が薬剤の減量・中止によって生じていた。また統計的な有意差ではなかったが、致死的または命に係るADEの割合は、薬剤の減量・中止によって生じた場合は、それ以外の場合と比べて高い傾向があった(8.3% vs 3.5%,p=0.068)。

ADEのカテゴリー別の内訳は、神経・精神症状が全体の46%と最も多く、次いで消化器症状(26%)、循環器症状(11%)という結果だった。個々の症状では転倒が最も頻度が多く、全ADEの40%を占めていた。

ADEの原因薬剤としては、催眠薬(ベンゾジアゼピン受容体作動薬:BZDRA)と非定型抗精神病薬が15.7%と最も多く、次いで降圧薬(9.9%)、緩下剤(9.5%)、気分安定薬(8.4%)、輸液を含む電解質薬(7.0%)の順で、全ADEの約60%が向精神薬によるものだった。

MEの約7割が投与後の観察段階で生じていた

MEが生じた段階については、投与後の観察段階に最も多く生じており(全MEの72%)、薬剤の投与段階(19%)、処方指示段階(8%)、調剤段階(0.5%)の順に頻度が高く、予防可能なADEでは観察段階の頻度は全体の89%とさらに高くなっていた。ME発生の原因となった職種は医師が最も多く(59%)、次いで看護師(24%)、介護士(16%)の順だった。医師と看護師によるMEの多くは観察段階で生じており(それぞれ87%と91%)、全MEの約半数が処方指示後の不十分な観察(=ADEを生じた薬剤が繰り返し処方されている)によるものだった。

また、多変量解析の結果からは、調査開始時の5種類以上の薬剤服用、および調査開始時の1種類以上の向精神薬服用はADEの発生のリスクを3倍以上に高め、MEおよび予防可能なADEについては、調査開始時の5種類以上の薬剤服用に加え、介護度の重さが発生リスクを約2倍にすることが明らかとなった。

入所後の薬剤処方は通常医師1人が担当、入所前後での適切な薬剤調整が重要

研究により、日本の介護施設においてADE・MEが一般的であるということが示され、その頻度(ADE:36.4件、予防可能なADE:13.2件、潜在的ADE:4.4件)は、同様の調査方法を用いた米国高齢者施設での先行研究の結果(ADE:1.9-9.8件、予防可能なADE:8.6件、潜在的ADE:2.9件)(※MEは本調査のカウント方法で再集計)と比べ、2~20倍と高いものであることがわかった。しかし、今回の調査対象者の背景情報は先行研究と類似しており、向精神薬がADEの原因薬剤の多くを占めているという点も共通している一方、重症度が低いADEの割合が先行研究と比較して多く、薬剤投与後の観察段階のMEを多く収集していたことから、研究結果は介護施設におけるADE・MEの実態をより正確に表しているのではないかと考えられた。その理由としては、介護記録の内容が詳細であったこと、高齢者介護と臨床疫学調査に深い知識と経験を有する医師がデータ収集段階から深く関わっていたことなどが考えられた。

介護施設におけるADEに関する過去の研究では、(一人の患者に対し、多くの薬剤が同時に使用されること)や向精神薬使用によるリスクが指摘されており、今回の調査でも同様のリスクが認められたが、これらのリスクに加えて、有意差はないものの減量・中止によるADEは他のADEと比べてより重症となる傾向が示された。日本では、複数の病気を抱えた患者が複数の専門医から別々に薬剤を処方されることが一般的で、施設に入所した後は通常一人の嘱託医から薬剤が処方されるようになるため、同時に複数の薬剤を調整する必要性が生じ、その過程の中でADEやMEが発生する可能性がある。そのため、高齢者介護施設における薬物療法の安全性を向上させるためには、施設入所前後で総合診療医や薬剤師などによる介入を受けることにより、服用している複数の薬剤を適切に調整されることが望ましいと考えられる。

また、今回の調査では投与後の観察段階でのMEが多く同定され、高い介護度はMEおよび予防可能なADE発生のリスク因子であることが示された。長期間の施設生活での薬物療法において、使用されている薬剤による影響を定期的に評価することは、同じADEを繰り返さないために重要であると考えられる。介護度の高い入所者においては自ら不調を訴えることが十分できないことから、介護度の高い入所者では薬物療法において特に慎重なモニタリングが必要であると考えられる。

今後、薬剤投与量や複数薬剤の併用による相互作用評価を

今回の研究における限界として考慮すべき点はいくつかある。まず、結果は特定の4つの介護施設におけるものであり、日本全体の介護施設における結果を示したものではないということだ。また、介護記録に記載されていない情報は収集することができないため、ADE・MEの件数を過小評価している可能性がある。しかしADE・MEの調査において、今回の研究の調査方法よりも正確に頻度を評価する方法はいまだ開発されておらず、また調査が行われた4施設では標準的なケアが行われており、介護記録の内容も詳細であったことから、研究結果は日本における高齢者介護施設におけるADE・MEの頻度を概ね正確に反映しているのではないかと考えられる。また、ADEの原因薬剤として最も関与が疑わしい薬剤1種類だけが評価され、薬剤の投与量や複数の薬剤の併用による相互作用は評価できていない。

「多くの入所者は長期間にわたりさまざまな種類の薬剤を服用していることから、ADE・MEを減少させるための望ましい薬物調整を明らかにするためには、複数の薬剤の併用や薬剤の投与総量がどのようにADE・MEの発生に影響するのかを明らかにするためのさらなる研究が必要と考えられる」と、研究グループは述べている。

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