染色体の異数性が見られるがん細胞が増殖抑制されないのはなぜか
東北大学は6月15日、染色体不安定性の存在は、通常の培養条件では細胞増殖に不利にはたらくにもかかわらず、腫瘍形成には有利にはたらくことを明らかにしたと発表した。この研究は、同大加齢医学研究所分子腫瘍学研究分野の家村顕自助教、田中耕三教授、同大大学院医学系研究科の中山啓子教授、情報科学研究科の木下賢吾教授らの研究グループによるもの。研究成果は「Cancer Science」誌に掲載されている。
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多くのがん細胞では染色体の数や構造の異常(異数性)が見られ、その背景には細胞分裂の際に染色体の不均等な分配が高頻度で起こる状態(染色体不安定性)があると考えられている。90%以上の固形がんで異数性が見られるが、これまでの研究から、通常の細胞では異数性は細胞増殖を抑制することが示されており、これは「異数性パラドックス」として知られている。この異数性パラドックスに対する明確な解答はまだ得られていなかった。
生体内に近い培養条件で、不安定性の高い細胞だけが増殖
研究グループは、異数性および染色体不安定性を示す子宮頸がん由来細胞株であるHeLa細胞が、染色体不安定性のレベルの異なる不均一な集団であることを見出した。染色体不安定性のレベルの高い細胞は、通常の2次元培養では増殖が遅いにもかかわらず、マウスに移植すると腫瘍を形成する一方で、染色体不安定性のレベルの低い細胞では腫瘍形成がほとんど見られなかったという。また生体内に近い3次元培養条件で形成される細胞塊であるスフィアの大きさを比較したところ、染色体不安定性のレベルの高い細胞の方が大きなスフィアを形成した。
次に、それぞれの細胞集団に含まれる細胞の異数性をシングルセルゲノムシークエンスによって調べたところ、染色体不安定性のレベルの高い細胞集団では、細胞ごとの異数性の違いが大きいことがわかった。興味深いことに、染色体不安定性のレベルの高い細胞が形成したスフィア中の細胞では、細胞ごとの異数性の違いが減少していた。これは、多様なゲノム構造を持った細胞集団の中で、3次元培養条件に適した一部の細胞が選択的に増殖したためではないかと考えられた。染色体不安定性のレベルの高い細胞の遺伝子発現を、2次元培養と3次元培養で比較すると、代表的ながん遺伝子であるK-rasのシグナル伝達経路に関連する遺伝子の発現の上昇などが見られ、これらが3次元培養での増殖に必要であることが示唆された。
多様な細胞集団を生み出す染色体不安定性が条件に適したがん増殖を促す
今回の研究により、染色体不安定性は通常の条件では細胞増殖に不利であるにもかかわらず、遺伝的に多様な細胞集団を生み出すことにより、その中から生体内の条件に適した細胞ががんとして増殖するのを促進している可能性が示された。これは、多くのがんで異数性や染色体不安定性が見られるのはなぜかという異数性パラドックスを説明するものと考えられるという。「今後染色体不安定性を抑える手法の開発により、がんの悪性化や薬剤耐性の克服につながることが期待される」と、研究グループは述べている。
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