文化や制度の異なる日本でも同じように実施でき、効果が得られるのか?
国立精神・神経医療研究センター(NCNP)は6月8日、複雑性心的外傷後ストレス障害(複雑性PTSD)に対する「STAIR Narrative Therapy」の前後比較試験を実施し、この治療が日本でも実施可能であり、患者の症状が改善したと発表した。この研究は、NCNP精神保健研究所の金吉晴所長、行動医学研究部の丹羽まどか外来研究員(日本学術振興会特別研究員RPD)、大滝涼子客員研究員らの研究グループと、若松町こころとひふのクリニックの加茂登志子PCIT研修センター長、かとうメンタルクリニックの加藤知子副院長、黒崎中央医院の大友理恵子臨床心理部長、兵庫県こころのケアセンターの須賀楓介主任研究員との共同研究グループによるもの。研究成果は、「European Journal of Psychotraumatology」オンライン版に掲載されている。
複雑性PTSDは、持続的な虐待やドメスティック・バイオレンスなどのトラウマ体験をきっかけとして発症し、PTSDの主要症状(フラッシュバックや悪夢、過剰な警戒心など)に加えて、感情の調整や対人関係に困難があるなどの症状を伴う。これらの症状により、日常生活や社会生活上に大きな支障をきたす精神疾患。通常のPTSDに比べて、日常生活や社会生活の支障がより大きく、併存疾患も多いことがわかっている。最適な治療法については、国際的に検証が進められている段階だが、トラウマに焦点を当てた心理療法が有望で、中でも複雑性PTSDの多様な症状に対応した治療が有望であることが報告されている。
この多様な症状に対応した治療として、STAIR Narrative Therapyという心理療法が米国で開発されており、虐待を経験した成人PTSD患者を対象とした複数の臨床試験で、その有効性が確認されている。ただし、これまでの欧米での研究はICD-11の複雑性PTSDを対象としているわけではないため、複雑性PTSD診断に該当する患者を対象として、安全性や有効性を確認する必要がある。また、この治療は米国で開発され、臨床研究も欧米でのみ実施されているため、文化や制度の異なる日本でも同じように実施できるか、また同等の効果が得られるか否かを確認する必要があった。
成人女性患者10人にSTAIR Narrative Therapyを実施、治療後の重症度などを評価
研究グループは、18歳以前に身体的/性的虐待を経験し、ICD-11の基準で複雑性PTSDと診断された成人女性患者を対象に、STAIR Narrative Therapyの実施可能性、安全性、治療成果を調べるため、対照群を置かない前後比較試験を実施した。10人の患者が研究に登録され、NCNPまたは共同研究機関の外来で、STAIR Narrative Therapyの治療を受けた。治療はSTAIR Narrative Therapyの日本語版のマニュアルに基づきながらも、個々の患者のニーズに合わせて柔軟に治療内容を適用する方法で実施した。最も重要な評価項目は、国際トラウマ面接(ITI)で評価された治療後および治療終了3か月後の複雑性PTSD診断と重症度だ。その他に、うつ症状、不安症状、解離症状、感情調整の問題、対人関係の問題、生活の質、否定的認知などの変化を広く評価した。
治療を完了した7人全員が複雑性PTSDの診断基準を満たさないまでに改善
治療を完了した7人のうち、6人は治療後に複雑性PTSDの診断基準を満たさなくなり、7人全員が治療終了3か月後に診断基準を満たさなくなった。また複雑性PTSDの重症度得点は、治療前と比べて治療後および治療終了3か月後に有意な(=統計的に意味のある)改善が認められ、その効果量も大きなものだった(治療後d=1.69、3か月後d=2.14)。
同様に、うつ症状をはじめとしたさまざまな評価項目においても有意な改善が認められた。治療を途中で終えた3人(1人はCOVID-19の影響)のうち、中間評価を受けた2人にも複雑性PTSD症状の改善が認められた。また治療期間中に重篤な有害事象は認められなかった。
複雑性PTSDの患者にも適用でき、海外と同等の効果が期待できる可能性
今回の臨床試験への参加者は、長期にわたる持続的な虐待を経験しており、7人は1つ以上の併存疾患、8人は重度のうつ症状、6人は自殺企図歴のある患者だったが、安全を保ちながら治療を進めることができ、複雑性PTSDをはじめ、さまざまな精神症状や生活機能の改善が認められた。
同研究結果により、STAIR Narrative Therapyは複雑性PTSDの患者にも適用可能であり、少人数での結果という前提があるが、海外の先行研究と同等の効果が期待できることが示唆された。「今後は、予備試験で得られた結果をもとに、STAIR Narrative Therapyの有効性をより厳格な方法で検証するために、ランダム化比較試験を予定している」と、研究グループは述べている。
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