罹患後症状に関する1,000例規模の日本初の報告
慶應義塾大学は6月2日、全国27施設において、2020年1月から2021年2月末日までに新型コロナウイルス感染症(以下、COVID-19)と確定診断され入院加療をうけた18歳以上の1,000例規模の症例を対象とする多施設共同調査研究を実施し、その結果を発表した。この研究は、同大医学部内科学教室(呼吸器)が、同教室(呼吸器)の福永興壱教授、内科学教室(消化器)の金井隆典教授をはじめとする「コロナ制圧タスクフォース」の実績に基づいて実施したものだ。
画像はリリースより
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COVID-19ワクチンおよび治療薬が開発され死亡率は下がっているものの、2022年5月10日時点で、世界での罹患者は5億1800万人超、死者は625万人を超え、日本での罹患者数は812万人超、死者は2万9,000人を超えており、多くの罹患者を日々生み出している。
2020年後半から、COVID-19に罹患し急性期を過ぎた後に、さまざまな全身の症状が遷延することが報告されるようになり、英国ではLong COVID、米国ではPost-Acute Sequelae of SARS CoV-2 infection(PASC)、世界保険機関(WHO)では「Post COVID-19 condition(COVID-19罹患後症状)」とさまざまな呼び方をされ、海外でも大規模調査研究が報告されている。一方、これまで日本での研究は少なく、和歌山県の163例の報告や、国立国際医療研究センターの63例の報告が主だった。
診断3、6、12か月後時点でアンケートを実施、罹患後症状と臨床情報を統合して解析
今回の研究では、全国の参加施設27施設に、新型コロナウイルス感染症の確定診断を受けて入院し退院した、18歳以上の軽症・中等症・重症の患者に関して、計1,000例を目標に、各施設で原則として一定期間の全入院患者に対して研究案内を郵送し同意を得た患者に、診断3か月後、診断6か月後、診断12か月後に、回答用紙あるいはスマートフォンアプリを用いてアンケートを行った。また同時に各患者の臨床情報(入退院日、年齢、性別、重症度、身体所見、採血データ、治療歴、転帰等)を集積した。
2022年3月末日までに、1,200例の患者から研究参加の同意を得て、アンケートへの回答を3か月目1,109例、6か月目1,034例、12か月目840例を回収しており、臨床情報を統合して解析可能な1,066例に関して検討した。アンケートでは、24項目のCOVID-19罹患後症状として代表的な症状の有無、発症時期、症状の持続する期間、再発形式を調査した。また調査の方法として、国際的に使用されている評価尺度(質問票)を用い、健康に関連するQOL(評価:EQ-5D-5L,SF-8)、不安・抑うつ傾向(評価:HADS)、新型コロナウイルスに対する恐怖感(評価:新型コロナウイルス恐怖尺度)、睡眠障害(評価:ピッツバーグ睡眠質問票)、労働生産性(評価:WHO健康と仕事のパフォーマンスに関する調査票)を評価した。
解析対象1,066例、性別/年代に偏りなし
解析を行った1,066例の内訳は、男性679例(63.7%)、女性387例(36.3%)で、国立国際医療研究センターによるレジストリ研究の2020年12月28日の時点での男女割合、男性59.4%、女性40.6%と概ね等しく、今回の中間報告が症例数の限られた中でも解析集団として日本におけるCOVID-19入院患者を反映していることが示唆された。また、10代・20代が8.3%、30代11.2%、40代12.8%、50代23.5%、60代18.4%、70代18.4%、80代以上7.3%であり、調査対象も偏ることなく各世代に分散していた。
診断3か月後に一つ以上の罹患後症状を認めた患者は46.3%
何らか一つ以上の罹患後症状を認めた割合は、診断から退院時までが93.9%(n=1,009)、診断3か月後には46.3%(n=912)、診断6か月後には40.5%(n=845)、診断12か月後には33.0%(n=707)と、罹患後症状が診断12か月後も約3分の1の患者で遷延していることがわかった。
認められた罹患後症状は、診断時から退院まででは、上位から、熱(37度以上)80.2%、倦怠感64.2%、咳57.0%、呼吸困難45.2%、痰35.5%、頭痛34.5%、味覚障害34.0%、嗅覚障害31.5%、筋力低下28.9%、関節痛28.6%、咽頭痛27.4%、睡眠障害25.2%、思考力・集中力低下24.3%、筋肉痛23.6%、下痢21.0%、脱毛16.1%、意識障害15.2%、記憶障害12.5%、眼科症状11.6%、皮疹11.6%、感覚過敏11.4%、手足のしびれ10.3%だった(10%以上のものを抽出)。
診断3か月後で、3%以上残存する罹患後症状は、上位から、倦怠感20.5%、呼吸困難13.7%、筋力低下11.9%、脱毛11.1%、思考力・集中力低下10.9%、嗅覚障害9.9%、睡眠障害9.6%、咳8.8%、味覚障害8.3%、頭痛8.0%、記憶障害7.3%、関節痛6.7%、筋肉痛6.6%、手足の痺れ5.5%、熱(37.0度以上)4.2%、咽頭痛4.2%、皮疹4.1%、耳鳴り3.9%だった。
診断3か月後、「男性<女性」「高齢者<若年者<中年者」に症状を多く認める
男女別では、3か月後に男性43.5%に対し女性51.2%と高く、男性より女性の比率が高いことがわかった。女性に多かった罹患後症状としては、咳、脱毛、頭痛、味覚障害、嗅覚障害でした。一方で、12か月後に何らか一つ以上の罹患後症状を認めた割合は、男性が32.1%、女性が 34.5%とその差は縮小していた。
世代別では、何らか一つ以上の罹患後症状を認めた割合は、診断3か月後で、若年者(40歳以下)43.6%、中年者(41歳~64歳)51.9%、高齢者(65歳以上)40.1%と、中年者に多い傾向が認められ、これは、6か月、12か月でも同様だった。
診断12か月後でも残存する罹患後症状は疲労感12.8%、呼吸困難8.6%など
診断6か月後で、3%以上残存する罹患後症状は、上位から、倦怠感16.0%、思考力・集中力低下11.2%、呼吸困難10.3%、睡眠障害9.7%、脱毛8.6%、嗅覚障害7.9%、記憶障害7.7%、筋力低下7.6%、頭痛6.8%、味覚障害6.7%、関節痛6.1%、痰5.8%、咳5.8%、筋肉痛5.7%、手足のしびれ4.9%、皮疹4.5%、眼科的症状4.2%、咽頭痛3.2%、耳鳴り3.1%だった。
診断12か月後で、3%以上残存する罹患後症状は、上位から、疲労感12.8%、呼吸困難8.6%、筋力低下7.5%、思考力・集中力低下7.5%、記憶障害7.2%、睡眠障害7.0%、関節痛6.4%、筋肉痛5.5%、嗅覚障害5.4%、痰5.2%、脱毛5.1%、頭痛5.0%、味覚障害4.7%、咳4.6%、手足のしびれ3.9%、眼科症状3.6%だった。
診断3か月後に罹患後症状が一つでも残存した場合、プレゼンティーズム低下
診断3か月後の評価で、一つでも残存する罹患後症状がある場合、有意に、健康に関連したQOLは低下し(EQ-5D-5LおよびSF-8による評価)、不安や抑うつの傾向が強くなり(HADSによる評価)、新型コロナウイルスに対する恐怖感が増強(新型コロナウイルス恐怖尺度による評価)、睡眠障害が悪化(ピッツバーグ睡眠質問票による評価)していた。
また、労働生産性に関するアンケートの結果においても、罹患後症状が一つでも存在することで、有意に、プレゼンティーズムが低下している、つまり、出勤はするものの労働パフォーマンスが低下している(労働生産性の低下)と感じる人が多いことが判明した。
罹患後症状を有する頻度が高くなる入院中の症状が判明
COVID-19罹患時の重症度と、何らか一つ以上の罹患後症状を認めた割合の関係は、診断3か月後で、「酸素吸入を必要とした患者」が50.3%であったのに対し、必要としなかった患者は44.0%と前者が高い傾向で、6か月後と12か月後も同様の傾向だった(各々6か月後で45.7%対37.7%、12か月後で36.1%対31.8%)。個別の症状では、酸素吸入を必要とした患者で、呼吸困難、筋力低下、記憶障害、思考力・集中力低下、関節痛、筋肉痛が、酸素吸入を必要としなかった患者に比べて高い比率で認められた。
一方、診断3か月時点で罹患後症状を一つでも有するリスクに関して、被験者診療情報から得られた患者背景情報と入院中の症状や治療経過を解析したところ、女性、入院中に咳、味覚障害、嗅覚障害、下痢、悪心・嘔吐を認めた患者、入院中に細菌感染を併発した患者、入院中に気管内挿管や昇圧薬を要するなど重症であった患者において、有意に罹患後症状を有する頻度が高いことが判明した。
COVID-19罹患後症状の実態を明らかにし、医学的なアプローチや政策にも寄与
今回の研究は、日本において、1,000例を超える最大規模の症例数でCOVID-19罹患後症状を検討した初めての報告。また健康関連QOL、不安・抑うつ、恐怖感、睡眠障害、労働生産性に関して、国際的に確立された質問票を用い、多面的に定量性高く、他研究との比較解析が可能な形で検討した点でも新規性があり、新たな知見を得ることができたと考えられる。
「1,000例を超える症例を集積したデータは、日本における罹患後症状の研究の基盤となるものであり、日本におけるCOVID-19罹患後症状の実態を明らかにし、医学的なアプローチや政策にも寄与する、大変貴重なデータであると考える。一方、研究対象者のCOVID-19罹患前のコントロール(対照)データや、COVID-19に罹患していない一般集団との比較がなく、日本におけるCOVID-19の第一波から第三波における罹患症例に関する解析であるなど一定の限界もあることから、結果の解釈に関して留意が必要だ」と、研究グループは述べている。
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