フルマラソンを超える「超長距離」を走ることで、日本人の腸内細菌叢はどう変化するのか
順天堂大学は5月31日、フルマラソン以上の超長距離を走るウルトラマラソンの日本人ランナーの腸内細菌を調査した結果、フィーカリバクテリウム・プラウスニッツィ(F. prausnitzii)などの酪酸産生菌が減少することを明らかにしたと発表した。この研究は、同大大学院スポーツ健康科学研究科の鈴木良雄教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Scientific Reports」オンライン版に掲載されている。
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腸内細菌叢はヒトと共生関係にあり、食物消化や病原体増殖の阻害などのさまざまな役割を果たしている。この腸内細菌叢は食事や運動の影響を受けること、また、腸内細菌叢を構成する細菌のバランスの崩れがさまざまな病気と関連していることが明らかになってきている。
2019年にはフルマラソンを終えたばかりのランナーの腸内で増加するベイロネラ(Veillonella)が運動能力と関連しているということが海外の論文で発表され、注目を集めた。そして、Veillonellaは、163kmの山岳フットレースを完走したランナーの腸内でも増えていたことが報告された。しかし、Veillonellaは日本人の腸内にはあまり多くない。また、フルマラソンを超える距離を走ることで日本人の腸内細菌叢がどう変化するのかについても、これまでほとんど調査されてこなかった。研究グループは今回、これらの点を明らかにすべく研究を行った。
約2日間で96km以上を走破した日本人ランナーの腸内細菌叢の変化を調査
研究では、日本アルプスを日本海から太平洋まで縦走する「トランスジャパンアルプスレース2020」に参加した選手のレース前後での腸内細菌叢の変化を調査。レースは富山湾(標高0m)からスタートし、選手は北アルプスの剱岳(標高2,999m)、薬師峠(標高2,294m)を越えて進んでいたが、スタートから31時間後に荒天のため中止となり、それぞれ最寄りのルートで下山し、自力で帰路につくことになった。そこでスタートから38〜44時間以内に96.1km(上り8,062m、下り6,983m)の新穂高温泉に到着した9人の選手を対象に調査を行った。
各選手の便検体より、腸内細菌叢としてそれぞれ1万個の細菌を同定し、全体で380種の細菌の存在比を分析することに成功。腸内細菌叢のパターンを調べてみると、腸内細菌叢には個人ごとに特定のパターンがあることと、今回のレースではパターンに影響するほどの変化は生じなかったことが明らかになった。
フルマラソンとは異なり、免疫機能に重要とされる「酪酸産生菌」がレース後に減少
次に、個々の細菌のレース前後の変化を調べてみると、さまざまな病気の患者で減少が観察されている酪酸産生菌の「フィーカリバクテリウム・プラウスニッツィ(F. prausnitzii)」が減少していることが判明。F. prausnitziiがレース前の4.75%から、レース後に0.68%(-85.7%)と、最も減少した選手は、レース後に、だるさや浅い眠りがあったと報告した。また、380種の細菌のうち有意な減少が観察されたF. prausnitziiを含む4種類の細菌はすべて酪酸産生菌だった。腸内細菌叢が産生する酪酸は免疫機能などに重要であることが明らかになっていることから、ウルトラマラソンによる酪酸産生菌の減少が体調に悪影響を及ぼした可能性がある。
一方、今回対象とした日本人ランナーのレース後のVeillonellaの腸内細菌叢に対する構成比は1人を除いて0.1%未満で、レース前後で有意な変化は観察されなかった。この結果は、フルマラソンを完走したランナーでVeillonellaが増加していたという2019年に話題になった海外論文とは異なる結果だった。
酪酸産生菌の減少を防ぐ食品・医薬品などで肉体疲労時の体調不良を予防できる可能性
今回の研究で対象としたウルトラマラソンはレース途中で中止になったため、9人の選手のみという制限のある調査となった。しかし、これまで海外において長距離レースにより増加すると報告されていた腸内細菌Veillonellaには変化は認められず、同研究対象となった日本人ランナーでは、免疫機能に関与するF. prausnitziiなどの酪酸産生菌が減少していることが新たに明らかにされた。この結果は、フルマラソンによる腸内細菌の変化とは異なるもので、ウルトラマラソンに特徴的な変化と考えられる。
ウルトラマラソンはフルマラソンよりも身体活動量が多く過酷な競技だ。中止になったとは言え、同研究で調査した選手は睡眠・食事をとりながらもフルマラソンを完走した場合の4倍以上のエネルギー(カロリー)を消費していた。身体活動量が非常に高く、疲労した状態で体調が悪くなるのには、腸内の酪酸産生菌の減少が関与している可能性がある。
「酪酸産生菌の減少を防ぐための食品・医薬品などを作ることで、肉体疲労時の体調不良を予防できるかもしれない。また、これは日本人に多いB型腸内細菌に特徴的な結果である可能性があり、今後検証を続ける」と、研究グループは述べている。
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・順天堂大学 プレスリリース