治療方針や術式が異なる線維腺腫と葉状腫瘍、鑑別法確立へ
愛媛大学は5月31日、最先端の非線形光学顕微鏡と人工知能を駆使して、従来の病理組織学的手法では困難であった乳腺線維腺腫と葉状腫瘍の自動診断を可能とする技術の構築に成功したと発表した。この研究は、同大医学部附属病院乳腺センターの田口加奈助教、亀井義明講師と同大大学院医学系研究科の齋藤卓講師らの研究グループによるもの。研究成果は、『Molecules』誌オンライン版に掲載されている。
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線維腺腫(Fibroadenoma、以下FA)は、臨床的には最も頻度の高い良性の乳腺腫瘤であり、主に10~20歳代の女性に多いとされている。一方、同じ良性腫瘤である葉状腫瘍(Phyllodes Tumor、以下PT)は、頻度はあまり高くはないが、画像所見や病理組織像がFAと良く似ておりしばしば両者の鑑別に難渋する。
通常、FAは経過観察のみで良く、増大傾向や腫瘤の大きさが3cmを超えてくるようになった時に手術で腫瘤のみを切除する。PTの場合は、増大することが多く、また増大の過程で悪性に変化する可能性があるため、大きさにかかわらず外科的に切除することが推奨されている。またPTは局所再発することもあるため、腫瘤のみを摘出すれば良いFAに対し、腫瘤の周りに正常組織を少し付けた状態で腫瘤を切除する必要がある。
術前の画像や病理組織像での両者の鑑別が望まれるが、確立したものはなく、また客観的に定量化されている指標等がないのが現状だ。確立した客観的指標に乏しいために、病理診断医の間でも診断結果が一致しないこともしばしば経験される。
研究グループは、病気の数値化を行うデジタル病理学に注目した。最先端の非線形光学顕微鏡と人工知能を用いた解析を通じて、より客観的でより迅速な画像診断が可能になるのではないかと考え、研究を実施した。
非線形光学顕微鏡による乳腺腫瘍の病態描出を可能に
多細胞生物の細胞や組織には、ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NADH)、フラビン、リポフスチン、メラニン、ポルフィリン、コラーゲン、エラスチン、ビタミンといった内在性の蛍光を発する化合物が多く含まれている。これらの分子は、組織の発達・恒常性や疾患の進行に重要な役割を果たすため、この内因性蛍光分子の空間分布を観察することで、細胞や組織の状態を知ることができる。また、多光子励起顕微鏡はこれらの内在性分子を画像計測することに優れた装置であり、第2高調波発生(Second Harmonic Generation;SHG)顕微鏡は、無染色で生体組織内のコラーゲンを特異的に可視化することのできる技術だ。
研究グループは、SHGによって乳腺組織の間質のコラーゲンを、多光子励起によって乳管上皮細胞、間質の形態・構造を可視化し、FAとPTの画像所見を比較することによって両者に特徴的な形態が描出されていることを見出した。
深層学習を用いて乳腺腫瘤を判別する評価指標を開発
深層学習による画像領域分割プログラムSegNetを用いて、非線形光学顕微鏡で得られた画像から自家蛍光を有する乳管上皮領域(Epithelial area)とコラーゲン由来のSHGシグナルを有する間質領域(Stromal area)のセグメンテーションを実行した。SegNetが予測した領域は正解画像と高精度で一致している結果を得た。
この領域分割の結果から、上皮/間質領域比と間質領域内のSHGのシグナル強度を定量化し、FAとPTの鑑別因子としての有用性を検討した。その結果、乳管上皮/間質領域比は、PTで大きく、間質のSHGシグナルはFAで高いことが判明した。この2つの指標に対して線形判別分析を行ったところ、正解率89%と高い識別率で両者の区別が可能だった。
SHGシグナルと上皮/間質領域比を組み合わせることで、より高い精度でFAとPTを区別できることが示され、AIによる画像セグメンテーションと、そこから得られる乳腺腫瘤を分類するスコアリングの有用性が示された。
乳腺腫瘤の治療戦略の決定への貢献が期待される
PTの治療方針や術式がFAとは異なるために、術前の針生検診断による両者の区別は非常に重要ある。しかし、従来の組織病理学的手法では両者の鑑別がたびたび困難となることがある。高度な光学イメージング分析は、この従来の診断を補う技術となる。
研究では、多光子顕微鏡と人工知能ベースの画像解析を組み合わせた自家蛍光イメージングの手法を利用して、FAとPTの鑑別診断を可能とするスコアリングの方法を示した。「この技術はより客観的で定量的な診断基準を提供し、乳腺腫瘤の治療戦略の決定への貢献が期待される」と、研究グループは述べている。
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・愛媛大学 プレスリリース