腸内細菌の代謝物はヒトの免疫系・神経系・上皮バリアの発達に深く関与
日本医療研究開発機構は5月25日、腸内細菌叢の乱れにより増加するリゾリン脂質の一種LysoPSが病原性Th1細胞を活性化することでクローン病を悪化させることを明らかにしたと発表した。この研究は、大阪大学の飯島英樹特任准教授(大学院医学系研究科)、大竹由利子医師(大学院医学系研究科)、竹原徹郎教授(大学院医学系研究科)、香山尚子准教授(高等共創研究院/大学院医学系研究科)、竹田潔教授(大学院医学系研究科/免疫学フロンティア研究センター)らの研究グループによるもの。研究成果は、「Journal of Experimental Medicine」オンライン版に掲載されている。
画像はリリースより
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大腸や小腸では、腸内細菌が生息する場(管腔)と免疫細胞が存在する場(粘膜固有層)は、上皮細胞が形成するバリアによって隔てられている。ヒトの生体内には、30~40兆個のヒト細胞に加え、40兆個の腸内細菌が存在する。腸内細菌の生命活動の過程で生じる代謝産物(アデノシン三リン酸、短鎖脂肪酸、ビタミン、神経伝達物質など)や構成成分(リポポリサッカライド、ポリサッカライドAなど)は、ヒトの免疫系・神経系・上皮バリアの発達に深く関与している。そのため、腸内細菌叢の乱れは、免疫系や神経系の疾患発症や増悪につながる。
炎症性腸疾患患者、腸内細菌叢の変化に加え血漿や便で一部の脂質分子が増加
炎症性腸疾患の1つであるクローン病は、口から肛門までの全消化管において炎症性病変が生じうる慢性疾患であり、日本をはじめ世界的に患者数が増加している。クローン病の真の発症原因は不明だが、腸内細菌叢の乱れ、獲得免疫細胞であるIFN-γを産生するTh1細胞やIL-17を産生するTh17細胞の活性異常などが病態形成に深く関わることが示唆されている。しかし、クローン病において獲得免疫細胞の異常な活性化を誘導する腸内細菌関連因子およびそのメカニズムの詳細については、未解明な点が多いのが現状だ。
生体内には、タンパク質の数を超える種類の脂質分子が存在しており、生体内におけるさまざまな反応を司っていることが示唆されている。ヒトの細胞および腸内細菌の細胞膜は多様な脂質により構成されている。ヒトと腸内細菌はともに脂質を分解・合成する機能を持っており、一部の病原性細菌は脂質を分解する酵素を産生して、細胞膜を壊すことでヒト細胞内に侵入することが知られている。
近年、脂質解析技術の進展により、炎症性腸疾患患者では、腸内細菌叢の変化に加え、血漿や便で一部の脂質分子が増加することが明らかになった。しかし、多くの脂質分子については、「腸管内でどのようにして作り出されているのか?」また「疾患の発症・寛解・増悪にかかわっているのか?」は明らかになっていない。
クローン病患者の便・血漿でリゾリン脂質の一種LysoPSの増加を確認
今回、研究グループは、健常者と比べクローン病患者の便(腸管内の状況を反映する)において増加する15種類の脂質分子を同定した。その中で、18:0 LysoPSと18:1 LysoPSのみがクローン病患者の血漿中においても増加していることを見出した。
クローン病患者ではLysoPS産生に関与の大腸菌が多かった
健常者とクローン病患者の便を用いてショットガン・シークエンシングを行った結果、クローン病患者の腸内にはLysoPSの産生に関わるホスホリパーゼAをコードする遺伝子ECSF_3660を持つE. coliが増えていることが明らかになった。クローン病型腸内細菌叢を有するマウス(クローン病患者の便を経口投与したマウス)の腸管内では、健常者型腸内細菌叢を有するマウスに比べ、ECSF_3660を持つE. coliが多いこと、便中の18:0 LysoPSおよび18:1 LysoPS の濃度が高くなっていることが示された。
LysoPSはTh1細胞で解糖系を促進しIFN-γ産生と細胞増殖を亢進、マウスで確認
LysoPSの腸管炎症への作用を明らかにするためRag2-/-マウスに野生型マウスの脾臓naive CD4+T細胞を移入してクローン病に似た大腸炎を発症させたマウスに18:1 LysoPSを投与した結果、IFN-γ+CD4+T細胞やIFN-γ+IL-17+CD4+T細胞の増加を伴う大腸炎の重症化が起こることが示された。
Th1細胞培養中に18:1 LysoPSを添加するとIFN-γの産生と細胞増殖が促進することが明らかとなった。さらに、網羅的な遺伝子発現解析を行った結果、Th1細胞では18:1 LysoPS刺激により細胞内代謝経路の一つである解糖系にかかわる遺伝子の発現が亢進していることが示された。そこで、便中の18:1 LysoPSの濃度が低い・中程度・高いクローン病患者の末梢血中のCD4+T細胞を用いて解糖系の活性化度合を示すECAR(細胞外酸性化速度)の値を測定した。すると、便中のLysoPS濃度に比例してECARの値が高くなることが示された。また、マウスおよびヒトのTh1細胞を18:1 LysoPSで刺激する際に解糖系の阻害剤2-デオキシグルコースを添加すると18:1 LysoPS依存的なIFN-γ産生亢進が起こらなかった。
Th1細胞上のLysoPS受容体「P2Y10」を介して炎症悪化と判明
LysoPSの受容体の一つであるP2Y10受容体がTh1細胞に高発現することが示されたため、P2Y10受容体を持たない(P2y10-/y P2y10b-/y)マウスもしくは野生型マウスの脾臓naive CD4+T細胞を移入して大腸炎を発症させたRag2-/-マウスに18:1 LysoPSを腹腔内投与した。野生型マウス由来の細胞を移入したRag2-/-マウスでは18:1 LysoPS投与後、大腸粘膜固有層内のTh1細胞の増加および大腸炎の重症化が示された。しかし、P2Y10受容体を持たない細胞を移入したRag2-/-マウスでは18:1 LysoPS投与をしてもTh1細胞の数および腸炎の症状に変化はなかった。
これらの結果から、クローン病患者の腸管内において腸内細菌叢の乱れにより増加するリゾリン脂質LysoPSは、P2Y10受容体を介して解糖系を活性化することにより、過剰なTh1応答を誘導することで腸炎を悪化させることが明らかとなった。
LysoPS-P2Y10受容体シグナルの制御、E. coli除去等が治療につながる可能性
クローン病患者の数は、世界的に増加の一途をたどっており、症状に合わせた多様な治療法の開発が望まれている。今回の研究により、クローン病患者では、腸内細菌の乱れによりLysoPSが増加すること、マウス腸管においてLysoPSがTh1細胞の異常な活性化を誘導し、腸炎を重症化させることが明らかになった。クローン病患者では、腸管粘膜におけるTh1細胞の増加が病態に深く関与することが報告されており、「LysoPS-P2Y10受容体シグナル経路」「E. coli由来ホスホリパーゼA」などがクローン病の創薬標的となることが期待されるとの見解を、研究グループは示している。
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・日本医療研究開発機構 プレスリリース