アミノ酸の摂取不足が「GH/IGF-I axis」に与える影響は?
東京大学は5月25日、必須アミノ酸は「成長ホルモン(GH)/インスリン様成長因子(IGF)-I axis」の働きを正常に維持するために必要であり、個体成長には必ずしも必須ではないことが示されたと発表した。この研究は、同大農学生命科学研究科の伯野史彦准教授、高橋伸一郎教授、明治大学農学部の竹中麻子教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Cells」に掲載されている。
成長期にタンパク質の摂取量が不足した、もしくは必須アミノ酸の摂取量が要求量を満たしていない動物では、体タンパク質のターンオーバーが低下し、成長遅滞を呈することが古くから知られている。特に必須アミノ酸は生体内で十分量を生合成できないことから、必須アミノ酸の摂取不足は成長の重要な阻害要因とされてきた。
一方、成長の制御には、下垂体から分泌されるGHと、GHに応答して肝臓から分泌促進されるIGF-Iが協調的に機能することが重要と考えられている。GHが肝臓に作用すると、細胞内の「Janus kinase(JAK)2」および「signal transducer and activator of transcription(STAT)5」が活性化され、Igf1の転写が促進される。血中に分泌されたIGF-Iは下垂体でのGH分泌を抑制し、フィードバックループが成立する。この仕組みは「GH/IGF-I axis」と呼ばれ、この活性が厳密に制御されることで正常な個体成長が実現している。そこで研究グループは今回、アミノ酸の摂取不足がGH/IGF-I axisに与える影響を解析した。
成長遅滞マウスにIGF-I投与、必須アミノ酸不足でも成長遅滞が改善
まず、20種類の主要なアミノ酸を全てまたは1種類だけ不足させた餌をラットやマウスに給餌したところ、一部を除く多くの必須アミノ酸に関して、その摂取が不足することにより成長遅滞が認められた。それらの動物では、肝臓中のIgf1 mRNA量の低下やIgfbp1 mRNA量の増加が観察され、血中IGF-I濃度が低下していた。
そこで、低タンパク食を給餌したマウスにIGF-Iを投与したところ、必須アミノ酸の摂取量が要求量を満たしていないにもかかわらず成長が促進され、成長遅滞が改善された。低タンパク食や低アミノ酸食を給餌した動物では血中アミノ酸濃度が大きく変化し、特に必須アミノ酸の血中濃度が大きく低下した。
GHに応答したJAK/STATシグナル経路の活性化、Igf1 mRNAの発現促進に、必須アミノ酸が重要
次に、血中アミノ酸が肝細胞に与える影響を評価するため、培養肝細胞モデルをアミノ酸欠乏培地で培養する実験を行った。
その結果、肝がん由来細胞株(Fao、HepG2)や、ラット初代培養肝細胞をアミノ酸欠乏培地で培養するだけで、アミノ酸を含む対照培地で培養した場合と比較してIgf1 mRNA量が有意に低下することが明らかになった。対照培地中で肝細胞をGH刺激すると、Igf1 mRNA量は顕著に増加するが、アミノ酸欠乏培地で培養するとGHに対する応答性が全く観察されなくなることも示された。特に培地中の必須アミノ酸を1種類欠乏させるだけで、GH刺激時のJAK2やSTAT5のリン酸化は抑制され、GH感受性がほぼ認められなくなった。
これらの結果は、肝細胞が細胞外のアミノ酸濃度変化に自律的に応答してIgf1 mRNAの発現量を調節する仕組みを有すると同時に、GHに応答したJAK/STATシグナル経路の活性化およびIgf1 mRNAの発現促進にも必須アミノ酸の存在が必要であることを示すという。
低身長症に対する「GH治療」の効果を促進させる食事療法を提案できる可能性
タンパク質は、生体の構成要素のうち水分以外の大部分を占めることから、これまでは十分量の必須アミノ酸を食事から摂取することは成長するための材料を確保するという点で重要と考えられてきた。しかし、同研究成果から、必須アミノ酸は単なるタンパク質の合成材料のみならず、GH/IGF-I axisの適切な活性発現に必須の代謝制御分子として機能していることが示された。近年アミノ酸は代謝制御シグナル因子として再注目されつつあり、その分子基盤の解明が求められている。同成果は、アミノ酸による新しい内分泌制御機構・成長制御機構解明の足掛かりとなることが期待される。
「小児科分野では、低身長症と診断された児に対してGHを投与する治療がなされているが、その効果は個人差が大きいと言われている。本研究成果を応用することで、GH治療の効果を促進させるような食事療法を提案できる可能性がある」と、研究グループは述べている。
▼関連リンク
・東京大学大学院農学生命科学研究科・農学部 研究成果