胃酸抑制剤の結合構造、ほとんど明らかにされていなかった
名古屋大学は5月24日、「胃プロトンポンプ」の働きを阻害する胃酸抑制剤、およびその類縁化合物が結合した構造をX線結晶構造解析やクライオ電子顕微鏡によって、合計4つ解析することに成功し、胃酸抑制剤がタンパク質にどのように結合しているかを明らかにしたと発表した。この研究は、同大細胞生理学研究センターの阿部一啓准教授と、ラクオリア創薬株式会社、南デンマーク大学、理化学研究所放射光科学研究センターのゲーレ・クリストフ研究員、重松秀樹研究員(研究当時)らの共同研究によるもの。研究成果は、「Journal of Medicinal Chemistry」に掲載されている。
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食物を摂取すると、胃酸(塩酸)が分泌され、胃の内部は「pH1」という、非常に酸性度の高い状態になる。この強酸性環境(塩酸に換算して0.1mol/l)は、タンパク質分解酵素ペプシンの活性化に必要で、タンパク質の消化にとって、なくてはならないものだ。また、この強酸性環境はバクテリアの繁殖を抑える効果もある。このように、消化という生命の営みにとって欠くことができない重要な働きを担う胃酸だが、暴飲暴食、さまざまなストレス、ピロリ菌の感染などにより、胃酸と胃粘膜分泌のバランスが崩れると、胃酸は胃本体を傷つけ、不快な胸焼けや、ひどい場合には胃潰瘍や逆流性食道炎といった重篤な症状を呈する。このような症状の治療には、胃酸抑制剤が用いられる。
胃内部の強酸性環境を生み出すために中心的な役割を果たしているのが、胃プロトンポンプと呼ばれる「酸(プロトン、H+)」を胃の中に汲み出す(ポンプする)タンパク質。胃潰瘍などの炎症は、胃酸の強酸性溶液が自身を傷つけることによって引き起こされるので、これを治療するためには、胃酸の分泌を止めることが効果的だ。そのため、胃プロトンポンプは、以前から胃酸に関連した疾患治療のドラッグターゲットとして研究されてきた。胃プロトンポンプを直接阻害する薬剤として、プロトンポンプインヒビター(Proton Pump Inhibitors; PPI)と呼ばれるクラスの薬剤が現在でも治療に用いられる(パリエット(R)、タケプロン(R)など)。このPPIというクラスの薬剤は、服用する際には不活性な化合物だが、胃の中の酸性環境によって活性化し、胃プロトンポンプの特定のシステイン残基と共有結合を形成することで胃酸分泌を抑制する。そのため、副作用も少なく大きな治療効果が得られることで知られていたが、同時に最大効用が得られるまでに時間がかかるなどの改善点も叫ばれていた。
そこで登場したのが、PPIよりも速やかに、かつ持続的に胃酸分泌を抑制するという特長を持つ新しいクラスの薬剤「K+拮抗型アシッドブロッカー(Potassium-Competitive Acid Blockers; P-CAB)」と呼ばれる新しいクラスの薬剤だ。日本ではvonoprazan(ボノプラザン、製品名:タケキャブ(R))が販売されているが、韓国や中国などのアジア諸国では、ラクオリア創薬が創製したtegoprazan(テゴプラザン)が、HK inno.N(HKイノエン)やルオシンなどの導出先企業によって販売されている。この他にも臨床試験段階に進んだP-CABが多くあるが、研究グループが以前報告したvonoprazan、SCH28080以外の多くの化合物の結合構造は明らかにされていなかった。
アジア諸国で上市されている薬剤を含む4つの化合物の結合構造を解析
研究グループは今回、tegoprazan、soraprazan(ソラプラザン)、PF-03716556、revaprazan(レバプラザン)という4つの異なる化合物が結合した構造を、X線結晶構造解析や、クライオ電子顕微鏡による単粒子解析によって「タンパク質の構造を見る」ことによって明らかにした。また、4つの異なる化合物の結合状態がアミノ酸レベルで解析され、変異体を用いた機能解析によっても検証された。
特に、tegoprazanとrevaprazanは、韓国などのアジア諸国で臨床使用されていることもあり、その結合状態に興味が持たれていたが、実際tegoprazanは、類縁化合物同様に胃プロトンポンプがイオンを輸送する経路を塞ぐ形で結合していた。この化合物に特徴的なdifluorochromanyl基がVal331と疎水的な相互作用を形成することで、強い酸性度のために薬剤とタンパク質の静電的な相互作用が期待しにくい環境においても、疎水的相互作用が担保されていた。
インドや韓国で上市されているrevaprazanは、既存の薬剤とは明確に区別される状態で結合していた。SCH28080はtegoprazanと類似した位置に結合しており、vonoprazanは結合ポケットのより奥深くに結合。revaprazanは、この2つの化合物の結合サイトにまたがる形で結合していることがわかった。しかし、revaprazanと結合ポケットの間には、他の2つの化合物と比べて隙間があるため、revaprazanの結合親和性それ自体は、さほど高いものではない。したがって、SCH28080とvonoprazanの結合サイトをつなぎ、かつタイトな結合を実現できれば、親和性の高い化合物を創り出すことができると考えられた。
構造に基づいた既存薬剤の改良や新規薬剤の開発に向けた道筋を提案
今回の研究成果により、4つの異なる化合物tegoprazan、soraprazan、PF-03716556、revaprazanが、どのように胃プロトンポンプに結合しているかが明らかになった。また、結合ポケット内でのP-CABの結合にとって重要な部位が複数明らかになったことから、構造に基づいた既存薬剤の改良や新規薬剤の開発に向けての道筋を提案した、と研究グループは述べている。
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・名古屋大学 プレスリリース