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嗅覚情報処理が脳内のどこで、いつ行われているのかをデコーディングで解明-東大ほか

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2022年05月23日 AM11:30

匂いによる知覚の要素は、時間的にどのような順序で生じているのか?

東京大学は5月19日、嗅覚誘発脳波に対してデコーディング・表象類似度解析を適用することにより、ヒトの嗅覚情報処理が脳内のどこで、いつ行われているのかを明らかにしたと発表した。この研究は、同大大学院農学生命科学研究科の岡本雅子特任准教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Proceedings of the National Academy of Sciences(PNAS)」オンライン版に掲載されている。


画像はリリースより
(詳細は▼関連リンクからご確認ください)

ヒトは匂いを嗅いで、その快さや質(花らしい、果物らしい、など)を速やかに感じる。匂いの元は化学物質であることから、脳において化学物質の情報が知覚に変換されていると考えられている。嗅覚は、受容体がヒトでは約400種も存在すること、その受容体で受容された情報が、感覚入力のゲーティングの役割を果たす視床を経由せずに一次感覚野に入力されることなど、視聴覚などの他の感覚にはないユニークな特徴をもつ。また、神経変性疾患の初期症状として嗅覚能力の低下や匂いに対する脳活動の変化が起こることが指摘されており、嗅覚入力から知覚が生じる過程の神経基盤を解明することは重要な課題だ。

これまで、脳活動を高い空間解像度で計測できる機能的磁気共鳴画像法(fMRI)を用いた複数の研究により、梨状皮質に代表される一次嗅覚野、前頭眼窩野・海馬・島皮質など複数の領域からなる二次嗅覚野を始めとするさまざまな脳領域が、嗅覚知覚の表象に関与することが報告されてきた。しかし、fMRIは時間分解能が低いため、それらの神経活動が時間的にいつ生じていたのかを明らかにすることはできない。また、匂いは快さ・不快さ、質など、さまざまな知覚を引き起こすが、これらの知覚の個別の要素が、時間的にどのような順序で生じているのかは不明だった。

一方、脳波や脳磁図は高い時間分解能で脳活動を計測することができる。近年発展が目覚ましい機械学習などの計算機科学の解析法を適用すれば、脳における嗅覚情報処理の時空間的ダイナミクスを明らかにできる可能性がある。

22人の嗅覚誘発脳波から、嗅いでいた匂い物質を判別するデコーディングモデルを構築

そこで今回研究グループは、高密度脳波計測を用い、22人の一般被験者に対して10種類の匂いを嗅いでいるときの脳活動を計測。匂いは果物様の快いものから不快な腐敗臭まで、多様な知覚をもたらすものを使用した。それに加え、全ての被験者に対して、匂いの快さ・不快さ・質の主観評定を実施した。匂いの質は、多数の記述子(花らしい/果物らしいなど)への当てはまり度合いの評定として評価した。

まず、脳がいつ匂いの情報処理を行っているのかを明らかにするため、教師あり機械学習により、各タイムポイントの脳波データから嗅いでいた匂い物質を判別するデコーディングモデルを構築した。その結果、匂い呈示後100~900ミリ秒において、偶然よりも有意に高い正解率が得られた。このことから、匂い呈示後100ミリ秒という早い潜時から、脳波によって、脳における匂いの情報を読み解けることが示唆された。

「匂いの不快さは質や快さより早く処理」など各知覚要素は異なる時空間的処理を経て発生

次に、デコーディング正解率から脳における匂いの表象の匂い間での違いを推定し、匂い知覚と関連付ける、表象類似度解析と呼ばれる解析を行った結果、匂いの不快さの神経表象は匂い呈示後300ミリ秒から生じるのに対し、快さや質の表象はそれより遅い500ミリ秒で生じ始めることが判明した。不快さが他の知覚に先行して処理されていることは、天敵や有害物に素早く反応して回避行動をとるという動物の生存戦略を反映している可能性が考えられる。一方で、デコーディングの正解率が高かった早い潜時においては、表象類似度解析では相関が見られないか、弱い相関しかなかった。このことから、知覚と直接結びつかない初期の匂い情報が、その後数百ミリ秒の処理を経て主観的な知覚に変換されていることが推察された。

さらに、信号源推定により各タイムポイントにおいて、どの脳領域が嗅覚情報処理に関与していたのかを解析した結果、初期の匂い情報は一次嗅覚野に限局して表象されているのに対し、後期の知覚の表象は、記憶に関わる海馬傍回、意味情報の処理に関わる前頭眼窩野、感情に関わる島皮質や帯状皮質など、広範な脳領域で生じていることが示唆された。

嗅覚の神経基盤への理解が深まることに期待

今回の研究により、嗅覚誘発脳波のデコーディングにより、高い時間分解能で脳活動から匂い情報を読み出すことに初めて成功し、一次嗅覚野で表象された初期の匂い情報が、その後数百ミリ秒の間に広範な脳領域に広がり、知覚の表象が生じる過程を示した。

「今後、他の実験条件や被験者群において同様の解析を導入することで、嗅覚の神経基盤への理解がより深まることが期待される」と、研究グループは述べている。

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