治療抵抗性うつ病に対するケタミンの即効性抗うつ作用メカニズムには不明点
大阪公立大学は5月17日、ケタミンの即効性抗うつ作用に関わる新しいメカニズムを解明したと発表した。この研究は、金沢大学医薬保健研究域薬学系の出山諭司准教授、金田勝幸教授、同大大学院医学研究科脳神経機能形態学の近藤誠教授らの共同研究グループによるもの。研究成果は、「Translational Psychiatry」に掲載されている。
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うつ病は身近な精神疾患であり、ひきこもりや自殺の要因となり、深刻な社会経済的損失をもたらす。うつ病患者数は世界で約2.8億人といわれているが、新型コロナウイルス感染症の世界的大流行に伴う日常生活や働き方の変化がストレスとなり、その患者数は急増している。一方、現在うつ病の治療に用いられているモノアミン系の抗うつ薬は、効果発現が遅く、3分の1以上のうつ病患者は治療抵抗性であることが問題となっている。そのため、即効性で、治療抵抗性うつ病患者にも効果を示す新しい抗うつ薬の開発が強く望まれている。
2000年代の臨床研究により、NMDA受容体阻害薬のケタミンが、治療抵抗性うつ病患者に即効性の抗うつ作用をもたらすことが明らかとなり、大きな注目を集めている。ケタミンの抗うつ作用について、これまでの研究で、脳の内側前頭前野(mPFC)における脳由来神経栄養因子(BDNF)の関与が見いだされていた。しかし、BDNF経路だけでは抗うつ作用の説明がつかず、新規のメカニズム解明が必要となっていた。
ケタミン投与後mPFCでIGF-1遊離が持続的に増加、IGF-1中和抗体の投与で抗うつ作用消失、マウスで
研究グループは、インスリン様成長因子-1(IGF-1)をmPFC内に局所投与すると、即効性の抗うつ作用が生じるという報告に着目し、mPFCに内在するIGF-1がケタミンの即効性抗うつ作用に関与しているのではないかと考えた。
そして、実際にケタミン投与後のマウスの脳を解析したところ、mPFCにおいてIGF-1の遊離が数時間にわたり増加することを発見した。次に、このIGF-1がケタミンの抗うつ作用に関与するかどうかを、マウスを用いた行動実験により調べた。その結果、IGF-1の働きを阻害するタンパク質(IGF-1中和抗体)をmPFC内に局所投与したマウスでは、ケタミンの抗うつ作用が消失することを明らかにした。これらの結果は、ケタミンによりmPFC内で遊離が増加したIGF-1が、抗うつ作用の発現に重要であることを強く示唆している。
IGF-1とBDNFは異なるメカニズムで、ケタミンの抗うつ作用に関与している可能性
さらに、IGF-1と、先行研究でケタミンの抗うつ作用に関与することが知られていたBDNFとの関係性を調べた。BDNFをmPFC内に局所投与すると、ケタミンと似た抗うつ作用が発現するが、この抗うつ作用はIGF-1中和抗体を同時に局所投与しても影響を受けなかった。また、IGF-1をmPFC内に局所投与すると生じる抗うつ作用も、BDNFの働きを阻害するタンパク質(BDNF中和抗体)を同時に局所投与しても消失しなかった。これらの結果から、IGF-1とBDNFは異なるメカニズムで、ケタミンの抗うつ作用に関与している可能性が明らかになった。
IGF-1を標的とした新規即効性抗うつ薬の開発に期待
研究により、ケタミンの抗うつ作用にmPFCにおけるIGF-1が重要な役割を果たしていることが新たに明らかとなった。ケタミンには、依存性や精神症状などの重大な副作用があるため、ケタミン自体の臨床応用には大きな問題が伴う。「今後、研究で明らかとなったIGF-1を標的とした、ケタミンより安全性の高い新たな即効性抗うつ薬の開発につながることが期待される」と、研究グループは述べている。
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