新型コロナウイルス変異株のヒト腸管での増殖効率は、どのように変化しているのか?
横浜市立大学は5月12日、ヒトiPS細胞由来の腸管立体臓器「ミニ腸」を用いて、腸管組織における新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)変異株の感染性、増殖性および伝播効率について検証した結果、デルタ株では腸管上皮細胞における顕著なウイルス増殖と、それに伴う細胞傷害性および炎症性サイトカインの分泌が認められたと発表した。この研究は、同大大学院医学研究科 微生物学の梁明秀教授、宮川敬准教授、国立成育医療研究センター 生殖医療研究部の阿久津英憲部長らの研究グループによるもの。研究成果は、「Gastroenterology」にオンライン掲載されている。
画像はリリースより
(詳細は▼関連リンクからご確認ください)
SARS-CoV-2による新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は主に呼吸器疾患を引き起こすが、SARS-CoV-2は脳や腸などさまざまな臓器に感染することも知られている。初期の報告では、感染者は下痢症状を呈し、糞便からもウイルスが分離できることから、このウイルスは腸管にも感染して実際に複製することが示唆されていた。
しかし近年、従来株よりもさらに感染伝播効率が高まったデルタ株やオミクロン株が出現している。これらの変異株のヒトの腸管における増殖効率がどのように変化しているのかについては、これまで知見がなかった。
デルタ株の増殖効率は武漢株よりも4〜6倍「高」、オミクロン株は腸管に感染しにくく炎症も起こりにくい
ヒトiPS細胞由来のミニ腸は、吸収・分泌、蠕動様運動などのヒト腸管の機能を有する機能的な立体腸管。ミニ腸の表面にある粘膜上皮細胞ではSARS-CoV-2の侵入に必須な因子であるACE2やTMPRSS2がよく発現していた。そこで研究グループは、武漢株、デルタ株、オミクロン株(BA.1およびBA.2)のウイルスをミニ腸に感染させ、ウイルスの増殖効率を経時的に調べた。
その結果、デルタ株の増殖効率は武漢株よりも4〜6倍高いことが判明。一方、オミクロン株ではほとんど複製が見られなかった。また、武漢株やデルタ株に感染させたミニ腸では、感染に伴う細胞傷害関連分子や炎症性サイトカインの分泌が少なくとも感染8日後まで認められたが、オミクロン株ではそのような現象は観察されなかった。これらの結果は、デルタ株と比べてオミクロン株は腸管に感染しにくく、また感染に伴う細胞傷害や炎症も起こりにくいことを示唆している。
デルタ株では細胞-細胞間感染により、感染が拡大している可能性
デルタ株を感染させたミニ腸では、ウイルスの増殖は腸管上皮のみで観察され、粘膜下組織では観察されなかった。また、腸管上皮では、複数の隣接する細胞群でウイルス増殖が認められたが、単独で感染している細胞はほとんど観察されなかった。このことは、腸管組織において、ウイルスは垂直方向ではなく水平方向へ伝播することを示唆する。特にデルタ株では、ウイルスに感染した上皮細胞は細胞融合を起こして互いに集積しており、細胞-細胞間感染により、感染が拡大していることが示唆された。
また、デルタ株感染後にSARS-CoV-2に対する中和抗体を投与したところ、ウイルスの水平方向への拡がりが阻止されるとともに、感染細胞数が顕著に減少した。今回の知見は、現在流行しているオミクロン株の病態理解に役立つことが期待される。
今回の知見やミニ腸の活用で、SARS-CoV-2の病態解明や創薬研究への応用を目指す
今回の研究では、生体に近い立体臓器を用いることで、SARS-CoV-2の感染の拡がり方を多角的に捉えることに成功した。また、今回用いたミニ腸は、生体内におけるウイルス感染ダイナミクス、および宿主応答を再現できる革新的なヒト組織系であるとともに、新たな創薬研究にも有効活用できることが明らかになった。
「今後、今回の知見を病態解明や創薬研究に応用していきたいと考えている。また、オミクロン株は、デルタ以前の株に比べてウイルスが大きく変異しており、このことが腸管での感染が起こりにくい要因の一つと考えられる」と、研究グループは述べている。
▼関連リンク
・横浜市立大学 ニュース