MRSAは長いDNA「SCCmec」をどのような仕組みで伝播するのか?
筑波大学は5月10日、黄色ブドウ球菌が抗生物質耐性を獲得・伝搬する仕組みを解明したと発表した。この研究は、同大医学医療系の森川一也教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Nature Communications」に掲載されている。
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これまで、人類には、抗生物質の乱用によって多くの多剤耐性菌を生んできた歴史があり、多剤耐性菌は今この瞬間にも世界のどこかで生まれている。抗生物質の効かない薬剤耐性菌の発生と伝播は、世界中で大きな問題となっている。一般に、薬剤耐性菌が生まれるメカニズムとして、「遺伝子の突然変異」(抗生物質のターゲットが変化して薬が効かなくなる)、「外来遺伝子の獲得」(抗生物質が効かない代替遺伝子を獲得する)、の2つが知られている。薬剤耐性菌の代表格ともいえるメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(Methicillin-Resistant Staphylococcus aureus、MRSA)は、外来遺伝子の獲得によって生じる。外来遺伝子の獲得メカニズムには、ファージ(細菌に感染するウイルス)が遺伝子を運び込む方式(形質導入など)、菌体同士が直接つながってDNAを移動させる方法(接合)、菌体が外来DNAを直接取り込む方式(自然形質転換)などがある。
MRSAは、SCCmec(Staphylococcal Cassette Chromosome mec)と呼ばれる一連の薬剤耐性発揮に必要な遺伝子を持つ長いDNA(20~60キロ塩基対)を取り込むことで生まれるが、45キロ塩基対以上の長いDNAは、ファージにとってはサイズが大きすぎて自身に格納できないことから形質導入が成立しない。接合で伝達させる試みも完全には成功しておらず、これもSCCmecの伝達メカニズムとして認められるには至っていない。そして、黄色ブドウ球菌では、近年まで自然形質転換は観察されず、起こらないものだとされてきた。
一方、研究グループはこれまでに、極めて特殊な環境条件で、極めて少ない割合の黄色ブドウ球菌が形質転換に必要な遺伝子群を発現し、外来DNA(精製したDNA)を菌体に取り込み、かつ、自身のゲノムDNAに定着させることができる可能性を示唆している。しかし、この現象が自然に発生する環境条件は不明であり、また、細胞間の自然形質転換によるSCCmecの伝播も示すことができていなかった。
バイオフィルム形成に関わる2つの遺伝子が自然形質転換遺伝子の発現に必要
今回、研究グループは、細菌分子遺伝学的手法を用いて、バイオフィルム(微生物がコミュニティーを作って増殖した膜状のもの)の形成下で、自然形質転換によって異種の細菌間でSCCmecが伝播することを世界で初めて明らかにした。
まず、この現象が発生する環境条件を探索するため、黄色ブドウ球菌が持つ、二成分制御系と呼ばれる環境応答・転写制御の一連の遺伝子群に着目し、これらを一つずつ網羅的に欠損させた細菌株を作成して検証した。その結果、バイオフィルム形成に関与するAgrCAとBraSRという二成分制御系遺伝子が、自然形質転換に必要な遺伝子群の発現に必要であることを見出した。
バイオフィルム形成下でSCCmec獲得、MRSAへと変化
続いて、黄色ブドウ球菌にバイオフィルム形成をさせると、自然形質転換に必要な遺伝子群の発現が向上し、実際にSCCmecを取り込んでゲノムDNAに定着させることを証明した。さらに、バイオフィルム形成下において、別株のMRSAや別種でSCCmecを持つ菌体から、SCCmecが伝播し、もともとメチシリン感受性であった黄色ブドウ球菌がSCCmecを獲得してMRSAへと変化することを突き止めた。このように、過去半世紀にわたって不明であったMRSAが生まれる仕組みが、バイオフィルム中の自然形質転換である可能性が示された。
また、上記の二成分制御系の中で、抗生物質耐性に関わる遺伝子の欠損も、自然形質転換遺伝子の発現に影響を与えたことから、抗生物質によって自然形質転換能力が変化するか検証したところ、バシトラシンという抗生物質では形質転換遺伝子の発現が抑制された。このことから、使用するの抗生物質の種類によって、薬剤耐性菌の発生を減速させたり加速させてしまう可能性が示唆された。
MRSAを生み出さない治療方法の確立に向けた基盤的知見に
今回の研究成果は、多剤耐性菌の発生を抑えながら感染症を治療したり、畜産における抗生物質をより適切に利用する上で応用できると考えられるもの。同研究では、SCCの切り出しおよび組み込みに必要な遺伝子ccrABが、SCCmecの自然形質転換に必要であることも示しており、MRSA発生の詳細な仕組みが明らかになりつつある。研究グループは今後、解明した環境条件(バイオフィルムや抗生物質使用)におけるMRSA発生について、さらに解析を進める予定だとしている。
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・筑波大学 TSUKUBA JOURNAL