ビタミンDを用いて中皮細胞のEMTを制御が可能かを検討
名古屋大学は4月27日、卵巣がん腹膜転移を腹膜環境の正常化により抑制するメカニズムを解明したと発表した。この研究は、同大大学院医学系研究科産婦人科学の北見和久大学院生(研究当時)、吉原雅人特任助教、梶山広明教授、ベルリサーチセンター産婦人科産学協同研究講座の那波明宏特任教授、分子病理学・腫瘍病理学の榎本篤教授らの研究グループによるもの。研究成果は「Matrix Biology」に掲載されている。
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卵巣がんは婦人科領域における最も予後不良ながん腫の一つであり、腹膜播種を伴う特徴的な進展様式を示す。腹膜播種は手術による完全切除が困難であり、化学療法による治療後もオカルトながん細胞の温床となって再発することから、卵巣がんの根治を難しくする病態である。
がん細胞が原発巣である卵巣から遊離して腹水中を漂い、中皮細胞で覆われる腹膜や大網、腸間膜、横隔膜などに接着・増殖することで腹膜播種が形成される。研究グループはこれまでに、腹腔を覆う本来防御的な中皮細胞ががん由来のTGF-β(transforming growth factor β)によって上皮間葉転換(EMT:epithelial-mesenchymal transition)を遂げ、がん関連中皮細胞(CAM:cancer associated mesothelial cell)に変化することを見出している。CAMは腹膜表面のみならず腹膜播種の間質・がん微小環境に多数存在し、VEGF分泌を介した悪性腹水の生成や、fibronectin分泌を介した卵巣がんプラチナ耐性化に寄与し、がん促進的な役割を果たすことを明らかにしてきた。
ビタミンDは紫外線を浴びることにより皮膚で合成されるホルモンであり、カルシウムや骨の代謝に重要な役割を果たしている。他にも抗炎症作用や抗線維化作用などがある。ビタミンD補充ががん関連死亡率を低下させるという報告や、ビタミンDががん間質をリプログラミングして化学療法の効果を高めるという報告もある。ビタミンD製剤は骨粗しょう症などに広く用いられており、大きな副作用のない薬剤だ。研究では、ビタミンDを用いて中皮細胞のEMTを制御して腹膜環境を正常化することにより卵巣がん腹膜播種を抑制できないか検討した。
CAMは細胞外基質を産生し、がん細胞の腹膜への接着と増殖を促進
研究グループは、大網由来の中皮細胞にTGF-β1でEMTを誘導し、がん関連中皮細胞に変化させる実験を行った。すると、がん関連中皮細胞は中皮細胞が持つ細胞表面の微絨毛を失い、卵巣がん細胞との接着が亢進することがわかった。がん関連中皮細胞と卵巣がん細胞を共培養すると、がん細胞増殖が亢進することも確認。一方、ビタミンDによりEMTを抑制された中皮細胞は、微絨毛が保たれ、がん細胞の接着や増殖は抑制されることがわかった。中皮細胞の遺伝子網羅解析から、トロンボスポンジン1という細胞接着や増殖に関わる細胞外基質がEMTに伴い亢進する一方、ビタミンDによって抑制されることもわかった。
次に、トロンボスポンジン1の関与を、がん関連中皮細胞における発現抑制や中皮細胞へのタンパク添加による実験で確認したところ、トロンボスポンジン1が中皮細胞とがん細胞間の接着に重要な役割を果たすことが明らかとなった。メカニズムとしてビタミンD受容体がTGF-βパスウェイ下流の転写因子SmaD2/3と競合してDNAへの結合が阻害されることで、トロンボスポンジン1の発現が抑制されることが判明した。また卵巣がんにおけるトロンボスポンジン1発現量の多さは予後不良因子であり、卵巣がん原発巣よりも腹膜播種巣で発現量が多いこともわかった。
ビタミンDが中皮細胞のトロンボスポンジン1発現を抑制し腹膜播種形成を抑制、マウスで
さらに、マウスを用いて卵巣がんのがん性腹膜炎を模した条件で検討を行い、ビタミンDが中皮細胞のトロンボスポンジン1発現を抑制し、腹膜播種形成を抑制することも確認。また腫瘍由来のオルガノイドモデルとマウスを用いた検討で、ビタミンDががん関連中皮細胞に間葉上皮転換(MET)を誘導し、トロンボスポンジン1発現を正常化することも確認した。
ビタミンD製剤はすでに臨床使用、臨床試験での検証に期待
今回の研究を通して、ビタミンDによる腹膜環境の正常化が卵巣がん腹膜播種の新規治療法となる可能性が動物実験を含むさまざまな実験により明らかになった。がんを標的とした化学療法や分子標的薬などの治療法との相乗効果も期待される。「ビタミンD製剤はすでに臨床使用されている安全な薬剤であり、臨床試験を企画し、臨床的な効果の検証が期待される」と、研究グループは述べている。
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